亭主のグリと一緒に、ブラジルのリオデジャネイロにきてみた。リオに950もあると言われるファヴェラ(スラム街)のひとつホッシーニャを、そこの出身であるエドゥアルドくんに徒歩で案内してもらう。
日本やヨーロッパの都市では、金持ちは高台(つまり山の手)、貧乏人は低地(下町・ダウンタウン)に住むと言う構造が一般的だと思うが、子供のころどこかで「ブラジルでは、金持ちが海辺に近い低地に住み、貧乏人は高台に住む」と読んだことがあり、それがずっと心に引っかかっていた。
リオは、きれいなビーチを望む巨大な岩山がぼこぼこ突き出た、なんだか世界創造の神様の遊び場を思わせる不思議な形状の都市だ。その岩山の中腹に、自然発生的な(まるでミツバチとかシロアリのコロニーのような)ファヴェラの家々が貼り付くようにして広がっている。
ホッシーニャを一望する丘の上からの眺め。
遠くに見えるのが、たぶん、イパネマのビーチと高級ホテル群。
エドゥアルド君の説明では、ホッシーニャには水道がないので、皆が屋根の上に給水タンクをおき(写真に見える青色の丸いもの)、そこから水を補給している。
みなが勝手に電信柱から電気を引く。
オートバイの通行が多いのは、急斜面につくられたファヴェラの住民の足になっている個人タクシー Moto-Tax。
「でも絶対乗らない方がいいよ」とエドゥアルド君。「だれも保険に入っていないし、運転免許を持っている奴もほとんどいないから。」
エドゥアルド君にくっついて、狭くて急な石段伝いにファヴェラの迷路の中へと向かう。
「子供のころ、雨上がりに
ここで遊んでいて感電しかかったんだ。電線があちこち露出しているからね。」
ホッシーニャには住所も住民票もない。リオのファヴェラに住む人口は16万人で、リオの人口の20%と言われているがそれすらも定かではない。
「10平米の部屋に5〜6人が雑居しているなんてのがよくあるよ」
「日照や通気が悪いので、すぐに感染症が流行する。でも数年前に結核が流行しそうになったときは、本当に政府ががんばって根絶やしにしてくれたんだ」
「ここからは、下水が露出しているので強烈に臭いよ」
そう言いながら、「劣悪な住環境の写真をどんどん撮って 世界第5位のGDPを誇るブラジルの現実をみんなに見せつけてくれ」と言う。
写真には写らない強烈な臭いのする下水道の上で、元気に遊ぶ子供たち。
そういえば、自分の子供の頃、高度成長期に入りたて、東京オリンピック前後の自分の住む東京下町の住環境は、狭くて、臭くて、暗くてじめじめしていて、こんな感じだった。
それに、近所に半裸体で腹を空かせたガキどもも沢山いたよ。
(そういえば、自分はいつも暗くてじめじめした自分の家・街から出て、乾いて、明るくて、広々とした場所に行きたいと思っていたな。今でも暗くてじめじめした何かから、必死で逃げようとしていたりする。)
写真のこの子供たちも、そんな風に思う日が来るのであろうか。
(とは言え、あの頃の近所の子供は、栄養不良のお蔭でみんな青洟たらして、顔色も悪く汚かったけど、リオのスラムの子供はずっと健康そうである。海が近いせいか。)
「ここからは、麻薬売人の多い通りだから写真はひかえてね」
映画
City of God でもリアリティーを持って描かれている通り、ファヴェラは一般人は近づかない方が良い恐ろしい犯罪の温床とされる。2016年のリオ・オリンピックまでにそれを一掃するという目標で、警察と軍隊がパシフィケーション・プランを特に最も危険地域と指定されるファヴェラから順番に実行しつつあり、銃撃戦になったりしている。でも、そんなに簡単に一掃できるものだろうか。ファヴェラに配属された警察官が時間がたつうちに汚職に染まっていくのはしばしばのことらしい。また、一説にはファヴェラのドラッグディーラーがファヴェラ内部の治安の重要な担い手だと聞く。長い間かけて出来上がったそんな絶妙な生態系のバランスを、外圧で一気に崩そうとするのはいかがなものか。
後でベルギーの新聞で読んだ話だが、過去5年にリオのパラミリタリー・ポリスに殺された人数は1519人に及び、リオでの殺人の被害者の6人に1人はポリスの手によるものだそうだ。多くの場合、怪我をして動けなくなった、または、無抵抗の者も射殺されるケースがあったという。(The Week誌に掲載されたアムネスティ・インターナショナルによる調査報告。)
「ファヴェラに生まれ住んで70年、人生悔いはありません」と言いたげな、ファヴェラの主みたいな風格のおじさん。ファヴェラの住人の危険性について(自分も住人の一人のくせに)、そしてまた、正月やカーニヴァルの混沌について語ってくれる。「カーニヴァルの後に生まれた子供は、誰が父親なのかわからない。このおっさんだって実は僕の父親かもしれない」とエドゥアルド。
ファヴェラを上から下まで1時間半ぐらいかけて横切った後、子供がサッカーをして遊ぶ小さな広場まで来た。
「ここでサッカーをして遊んでいるとき、今の雇い主が僕を見つけてくれたんだ。彼は、僕に英語を習えと薦め、励ましてくれた。」
リオでは、ホテルやビーチ沿いのレストラン以外では、ほとんどポルトガル語しか通じない。そんななかで、エドゥアルド君は2年半で英語を猛特訓して、なまりのほとんどない、きれいな英語を流暢にしゃべれるようになった。
「じつは、ブラジルのサッカー選手の99%はファヴェラ出身なんだよ。」
連なる岩山の上に何か暗く過剰な混沌としたものがあり、ものすごく澄み切って明るい海と空がそれをやさしく平等に受け止めている。そんな特異な都市の形。