今週は、1週間極寒のドイツにいました。
長い赤字が続くドイツの子会社を閉めて、取引先との縁も上手に切りたいと思ってる大手の日本のメーカーと仕事をするためです。
日本の本社は、子会社が赤字続きで、この会社の製品しか扱っていない取引先が黒字続きなのは、構造的に何か間違っていることにずっと前から気付いている。夫が腹をすかしているのに、なぜか妻がダイヤモンドをたくさん持っている夫婦のようなものだ。
こんな結婚は早いとこ解消した方がよいのだが、10年も経過してしまった。日本の会社に相当余裕があったということだろうが、最近は不況と円高でそんなことも言ってられない。でも、妻に訴えられて多額の賠償金を取られるリスクを減ずるためには、慎重に事を運ばなければならない。
日本の本社の思惑は、手短に言えば、現状では実現不可能な条件を取引先につきつけて、相手がその提案を拒否した時に、おもむろに、
「お前がこの条件を飲んでくれないと、わが社は生き残れない。仕方がないので縁を切ろう」
というシナリオだ。
ある日突然、夫が、これまで思いっきり甘やかしてきた妻に向って、
「もうダイヤモンドも海外旅行もなしだ。夕食には毎晩必ず4品以上おかずをつけて、お酌をしろ。俺のワイシャツも白洋舎に出さないで、お前が洗濯してアイロンをかけろ。そうしてもらわなければ、俺はもう働けないので、会社を辞めて、放浪の旅に出る」
と宣言し、妻が、
「そんなの無理よ。だんこ拒否するわ」
と言うのを待って、
「それでは仕方がない。離婚しよう」
と言うようなものだ。
いきなり「離婚しよう」と言えれば話は簡単なのだが、このような前段階を踏むことにより、妻に少しでも負い目を持たせられれば、リティゲーションになった時多少なりとも立場が優位になるからという期待があるのかもしれない。
でも、子会社に駐在しているテツさんと、取引先会社の社長のジョンさんが犬猿の仲で、寄るとさわると怒鳴り合いになってしまうので、一向に話が進まない。
そこで、日本の本社がヒットマンを送りこみ、ジョンさんと話をさせることになった。英語が達者で、切った貼ったの修羅場をくぐりぬけてきたミヤさんだ。ミヤさんと言うのは、宮本武蔵から私がつけたあだ名で、本名ではない。同行するのは、私の会社の大阪事務所からコジさん、このあだ名は佐々木小次郎からとった。
月曜日と火曜日は、前述の現地社長のテツさん、ミヤさん、コジさんと私の4人で、弁護士たちと会い終日事前打ち合わせをし、翌日・翌々日はドイツの取引先まで行って、いよいよ決戦だ。
テツさんを連れて行くとケンカになってしまうのは目に見えているので、ミヤさんとコジさん、そして私の三人だけで行くことになった。
ミヤさんは、一見、着流し、丸腰に見える優しげな紳士だ。同行するコジさんは、日系三世のアメリカ人で、彼も異常にソフトだ。
こう言うソフトな人に会う機会は、私の場合なかなかない。
一方、相手方の社長のジョンは、頭が切れる上に、怒鳴り出すと止まらないと言う強気の男だ。しかも、今回は、老獪な父親のポールも一緒だ。ミヤさんとコジさんがどんな交渉をするのか怖いような楽しみなようなである。
真冬のアウトバーンを車を走らせる私の耳に、後部座席にかけたミヤさんとコジさんののんびりした会話が聞こえてくる。
「ミヤさん、僕は最近、剣豪小説をたくさん読んでいるんだけど、小説の中で、相手との距離と言う話が出てくる。深いダメージを受けないように相手の剣の届かない距離をとりながら、ジャブの応酬をしているんだけど、ある時わざと相手の剣のスパンの中に入って見る。それは、相手の反応を見るためなの」
「フェイントをかけるってことですね、コジさん。たしかに、交渉の中で相手の反応を見るためにフェイントをかけることはありますね・・・僕も時々やります(笑)」
また、しばらくして、コジさんが話し始める。
「今こうやってミヤさんとお話ししますね。そして、二人の話はある所で落ち着きます。そうすると、次の日また話を始める時に、前の日に話して合意した所から、始めることができます。でも、僕の上司ですが、翌日話し始めると、昨日言ったこととは全然違うことを言い出す人がいる」
「忘れているんでしょうか」
「いえ、憶えていると思います」
「わざとやっているということですか」
「はい。たぶん僕のコンシスタンスを試しているのだと思います」
運転しながら私が口をはさむ。
「え〜、そんな人、信頼できないじゃないですかっ!」
「はい。信頼できません」
コジさんは物思わしげにそう言って、黙る。
アメリカで生まれ育ち、最初の就職が私の会社のアメリカ事務所だったコジさんは、今は日本の、大阪の事務所で働いている。日本での就職経験がない自分の偏見かもしれないが、大阪は特殊な商習慣とエートスを持っているのではないかと想像してしまう。そんな中で、コジさんは大変苦労しているのではないか。
(つづく)