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旧題「読書 この秘密の愉しみ」を改めました。
最近本当に読書をしていないので・・・
前回「税理士の品格」の中で、自分のレポートについて品の良い税理士ゲールトからシビアなコメントを浴びた私は、その後もしばらく立ち直れず、彼の部屋から半径50メートル以内には寄り付きもしない日々が続いていたが、今日久々に、以前から予定していたターゲット訪問のために落ち合うことになった。
車に乗り込むと開口一番、
「これは僕にとって最後のミーティングだよ」
と例の皮肉な笑みを浮かべながら言う。
「もう日系企業担当から降りることになったんだ。というよりか、もうクライアントへの税務アドバイスはしないことになったのさ」
ゲールトは、時々面白くもない陰気くさい冗談を言うので、今回もそれが始まったと思って聞き流していたが、だんだんそれが冗談ではないことが分かってきて、頭をがーんと殴られたような気がした。
「管理部門に行くことになったんだ」
「おめでとう。日系企業と縁が切れて、ハッピーでしょう」
「日系企業はよかったんだよ。でも、それ以外のクライアントと縁が切れて嬉しいという気はしている。どうも、僕はあまりクライアント商売には向いていなかったらしい」
「そんなことないと思うけど。じゃあ、もう日本に出張することもないわけね。これから
ターゲットを増やして、一緒にたくさん営業しようと思ってたのに」
色々なつてを頼ってやっとアポを取り付けた今日の会社訪問だったが、もうクライアント商売を降りるゲールトにとっては、興味のない訪問になってしまったにちがいないと思うと心底がっかりした。それ以上に、「これからまた彼の後任との関係構築を一からやり直さなければならないのか〜」「来年の日本出張はどうなる」「私の年度末評価は、彼が降りた後誰にお願いすればいいの」とか、自分の勝手な考えが頭の中でぐるぐる回り、ミーティングに集中できそうもない。
ところが、訪問相手の日本人幹部とベルギー人のCFOと会議室に座るなり、ゲールトはそんな事情はおくびにもださず、自分のノウハウや、税務調査の裏事情などを、惜しげもなく開陳するいつものスタイルに戻っていた。いつも彼とターゲットやクライアントを訪問して思うのは、「こんなにたくさんの情報を無料で全部教えてしまってもいいのかい」と言うことだった。これが、弊社のトップの方針と合わなかったのかもしれないという思いがちらと頭をかすめた。
彼がクライアント商売に向いていないとは今でも思わない。少し遠い所にあるクライアントを訪問する時は、渋滞に巻き込まれても遅れないように、特に方向音痴の自分は普通の所要時間の1.5倍から2倍ぐらいの時間的余裕を見て出発する。運良くスムーズにアポの30分前に到着し、時間が来るまで自分の車の中で仕事をしようと思って訪問先の駐車場に入っていくと、すでにゲールトの車が駐車場に停めてあるということが何度もあった。
金曜日の晩にクライアントから「月曜日の朝までにこの質問の回答が欲しい」と言われることがある。ゲールトに言うと、オーケーと言って、日曜日の晩になってぽっとメールが入る。長い、詳細な回答だ。週末にアシスタントを働かせるわけにもいかず、彼が自分で書いたものに違いない。
土・日に仕事をしているのは、彼だけではない。いつか「弁護士の品格」とでも題して紹介したいが(笑)、自分が心底頼りにしている女弁護士のアンヌ・クリスティーヌも、日系企業からのかなり無理なお願いに柔軟に対応してくれる。若いのに髪はぼさぼさで、スーツの裾からシャツがはみ出たりしているが、約束した期日に遅れることはぜったいにない。でも、わが社では平日は夜中まで、土日も仕事している自分や彼女やゲールトのような人間はあまり尊敬されない。大勢の部下たちをうまく束ねて、上手に働かせ、7時にはぴったり帰宅する人間が尊敬される会社なのだ。どこでもそうかもしれないが。勉強と誠意だけでは、足りないのだ。
ゲールトが週末まで使ってクライアントへのアドバイスレターを自分で書いてしまうのは、たぶん、自分の知識を使ってクライアントにアドバイスするのが楽しくてしょうがないからなのだ。クライアントやターゲットの訪問で、自分の知識を惜しげもなく無料で提供してしまうのは、その瞬間「生きている」と感じられるからだろう。そんな彼が、もうクライアントにアドバイスすることができなくなるのは、さぞつらいだろう。彼は会社を辞めてしまうかもしれないな、と帰りの車の中で思った。
あまりミーティングに集中できず、事務所に帰りついてもまだ呆然としている自分は、そのまま自分の部署に戻らず、ゲールトの部屋へと続くエレベーターに一緒に乗り込んでしまった。自分の部屋の階で降りようとする彼に、そのままついて降りようとすると、冷たい声で、
「これは君の行き先と違うだろう」
と言って私を止めた。返す言葉もない私に、
「でも、仕事の内容は変わっても僕はずっとあの部屋にいるよ」
そう言って、ひらひらっと後ろ手に手を振りながら自分の部屋に戻って行った。
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