ベルギー南部の渓谷沿いの町ナミュールに有名なトランプ占い師がいると聞いて、友人3人と出かけて行ったことがある。もう数年も前のことだ。
友人の一人は「占いとか人生設計にはトンと興味がない」ということで、同行はしたがカメラマンに徹していた。私も、占いは好きで信じる方だし、きれいな中世風の町ナミュールで魔女の末裔みたいなことをしている占い師に会えるというだけでわくわくする感じがあり、物見遊山で車を出した。
一方、残る二人(M嬢とS嬢)はかなり気合が入っていた。今の仕事にはなんとなく先が見え始めた。結婚候補者もいない。このままこの地(ベルギー)に自分をつなぎとめるものは何もないし、かといって日本に確かな将来が約束されているわけでもない。まるで大海原の中で小舟に乗っているような感じだ。どこにでも行けるが、いったいどこへ向かってこぎ出せばいいのだろう。それにもうあまり無駄にできる時間もない。かすかな灯台の光でもいい、何かの導きが必要だった。
魔女の末裔の館は、ナミュール郊外の割と普通の民家で、でてきたのは丸々と太った普通のおばさんだった。聞くと、名前もニックマンさんと言うことだったので、なにか仕組まれた冗談のようである。
ともかく、M嬢と通訳の自分がおばさんの部屋に通される。M嬢の最初の質問はえらい具体的な感じで始まった。
「あのー、今借りているアパートの契約が来月で切れるんですけど、更新した方がよいでしょうかねえ。いったん更新すると3年は解約できないんですけど。」
おばさんは黙って古い大判のトランプを取りだすと、よく馴れた手つきでそれを切ってから、M嬢にもシャッフルさせた。そうしておいてから、札を一枚一枚表向きに並べ始めた。すると不思議。札という札が、すべて大きなハートを胸に抱えた男の絵柄だ。
おばさんは言う。
「あなたはここに残るべきね。もうすぐ、ベルギー人の男性が現れて、即結婚するわよ」
「はあ・・・ベルギー人、どんなひとと?」
おばさんはいそがしくトランプを並べながら、
「金持ちの弁護士」
と言う。
おお、「金持ちで弁護士のベルギー人男性」と言えば、M嬢がいつも「あたしこういう人と結婚したいのよね〜」と言っていたことではないか。それが実現するのか。
「うわっ、良かったねえ!」
と手放しで喜ぶわたし。M嬢は半信半疑なのか力なく笑っている。
トランプを次々繰り出しながらおばさんは続ける。
「結婚したら即出産」
「しゅっさん? あたし、もうすぐ50歳なんですけど」
ぶったまげて大きい声を出すM嬢に、おばさんは一瞬ひるむが、
「だってカードにそう出てるんですもの」
と言い張る。少しの沈黙の後、
「・・・それで、結局、アパートの契約更新は」と恐る恐る最初の質問に戻るM嬢。
「それも解決よ。結婚したら、マイホームを即購入するから。」
おばさんは一笑に付す。
「他に質問はないの?」
「あ、そうですねえ。職場に、ムカつく上司と、その上司の腰ぎんちゃくみたいなムカつく女がいるんですけど」
「それも解決。結婚してそんな会社はやめてしまうからね」
最後の方は、おばさんも面倒くさそうだ。
でも、最後に、その「ムカつく同僚たち」から身を守るためと言って、「オステンドの司教が聖別した塩」なるものをジャムの空き瓶にいれてM嬢にくれた。職場に行くときはこれをポケットに一つまみ入れていきなさいと言って。
(つづく)
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