7月4日から15日までの瞑想合宿から戻って、ほぼ3週間が経過した。この期間はちょっとした混乱期だった。
瞑想合宿中は、運動やヨガや呼吸法やそのほかの瞑想法などを行うことが固く禁じられていたため、運動不足におちいり、持病の四十肩が極度に悪化していた。また合宿中は毎朝4時起きだったために、合宿から戻ってきても毎朝とんでもない時間に目が覚める。目覚めると早速習い覚えた瞑想をやりたくてたまらずに起き上がり、1時間ぐらい瞑想をしてしまう。瞑想が終わってもまだ朝の6時である。それからジムに行ってヨガをし、水泳を30分してから出社する。かつ毎晩のように仕事やその他の会食が続き、出張もあり、夜は四十肩の痛みや抗癌薬の副作用で眠りが浅く、寝不足でふらふらの日々が続く。それでも、瞑想を習い覚えた幸福に心は高揚している。「心は熱しているが、肉体が弱いのだ。」ゲッセマネの園から出てきたイエス様は、そこに眠り込んでいる弟子たちを憐れんでそう言った。私の肉体は弱いが心は熱している。
この3週間は、合宿前に続けていた運動やヨガや呼吸法の習慣を徐々に取り戻し、かつそこに新しく習得した瞑想を組み込んでいきながら、毎日の生活のペースをどのように整えていくかが課題だった。
特に、10日間ヨーガをやらなかったせいか、合宿から戻った直後は、うつ状態というか無気力状態のかすかな兆候があった。この兆候は、
パワーヨーガを再開したとたんに霧散した。おかげで、
パワーヨーガの威力を再確認することになった。
問題は瞑想だった。ゴエンカ氏の講話では、合宿後も自宅で、少なくとも1時間の瞑想を毎日朝と晩の2回ずつやるのが理想的と言うことだった。狭いワンルーム・マンションで、ほとんどいつもCNNテレビとBBCラジオを同時に大音量で聴きながら、新聞と雑誌を読んでいる主人の横で、いかにして1日2時間の瞑想の場所と時間を確保するかが問題だった。
「だから1日2回って言うのは、無理かと思うのよ。とりあえずは1日1回ずつにしようかなと・・・」
合宿明けの月曜日に久々に出社した私に「合宿どうだった?」と訊く現地人の同僚Gにそう言うと、
「1日2回と決まってるんだったら、2回やらなきゃだめだ。旦那に話して分ってもらうんだな。自分にはとても大切なことなんだって。」
「そういうもの?」ふだんは瞑想なんてとんと興味のなさそうなGの反応に、ちょっとびっくりして聞き返す。
「さもなけりゃ、もっと広い家に引っ越すんだな。」
「えー、おかねは?」
「銀行から借りるのさ。いいローン紹介してやるぜ。個人所得税法上有利な利息控除スキームもあるし。」
「そこまで言う?あんた銀行の回し者?」
相手の表情には冗談を言うような様子はない。この同僚は、ある日酒を一滴も飲まないと決めて以来、何があっても、たとえ誰かが自分の代わりに「住宅ローンを全部返済してやるから一滴飲め!」と言ってくれても絶対に飲まないと公言している頑固者だ。自分の信念を貫き通すことに重きを置くという意味で、あながち冗談ではないかもしれない。この即物的な税務コンサルティング事務所で、私はこのほかにも、私が瞑想合宿に参加したことをどちらかと言えば好意的に見てくれているらしい人々の反応に数々出合って、なんだか嬉しくなった。
いずれにしても、小さな子供がいるわけでも、寝たきり病人を介護しているわけでもない自分には、瞑想をする時間を1日2時間確保することが不可能なわけはない。主人に相談したら、びっくりするほど真面目な顔で「いいよ」と承諾してくれた。面白い番組や記事があるとすぐに「見ろ、見ろ!」と騒ぐ主人だが、私が瞑想中は絶対に話しかけないと約束してくれた。まず主人が普段絶対使わない窓際の小さなソファーを自分の瞑想場所に決めた。主人が夕方出かけたり、早朝まだ眠っている間に、それ!とばかりにその場所に行き、瞑想を始める。主人がテレビをつけているときでも瞑想ができるよう、強力な耳栓も買った。この期間3日間のウィーン出張のときは、自由時間に同僚たちが出かけている間に、「疲れたから」とか言い訳をして、暇さえあればホテルの部屋で瞑想をしていた。ウィーンは好きな町なので観光したいのは山々だったのだが、いまや瞑想が三度の飯より好きになってしまったのだ。行き帰りの飛行機の中も耳栓をして目を閉じて、無理やり瞑想空間にしてしまった。
2時間の瞑想時間を確保するため、できれば毎晩夜11時前に就寝して、翌朝は5時に起床するという生活を続けたい。じつはこの睡眠パターンはいろいろな人が推奨している。中でも、母親が送ってくれた江原啓之編集の「
A・NO・YO (あのよ) 2006年 12月号」と言う雑誌の中で、江原さんが「スピリチュアルな視点で見て理想的な睡眠時間は、夜十一時ごろに寝て明け方五時に起きる、六時間睡眠です。夜十一時に眠りにつけば、午前一時から二時頃はちょうど熟睡していられます。この時間帯は、この世と霊的世界の距離がもっとも縮まる時。このときに里帰りしていれば、密度の濃いエネルギー補給ができます。また、六時間というのは、もっともいいインスピレーションを日常的に授かりやすくなる睡眠時間でもあります。六時間では足りない人もいるかもしれませんが、熟睡できる環境を整えて眠れば、だんだん足りるようになってきます。」(p.145)と言っている。(母は時々「あっ!」と驚くほど今の自分がちょうど求めている本を、日本から送ってくれることがある。)自分は霊界についての知識は全くないし、霊の世界とはなるたけ関わりを持ちたくないと思っているが、「密度の濃いエネルギー補給」ができると言うのが魅力だ。
と言うわけで6時間という短い時間に熟睡することが非常に大切になってくるが、とくに四十肩の痛みのために睡眠の質が極度に悪化している。でも、目のほうは毎朝5時ごろに、目覚まし時計なしで自然に覚めてしまう。そのため睡眠不足で仕事中へとへとになってしまうことが問題だった。そんな時、元お客様で、今では古いお友達のSさんがこのブログを読んで、少し前に日経新聞に掲載された四十肩を改善するための体操の記事を送ってくださった。(Sさん、有難うございました!)これを毎日続けることにした。さらに、先日癌の担当医の定期チェックを受けたとき、相談して四十肩の専門のお医者さんを紹介してもらった。
そうだ。8月6日(月)から26日(日)までの3週間は、この6時間熟睡をペースに載せ、かつ、仕事も順調にできる・・・と言う状態を実現しよう。と言うわけで、今これを書いていても眠くてよれよれだが、心は希望に満ちて、わくわくしているのだ。
江原啓之 編集
A・NO・YO (あのよ) 2006年 12月号
新潮社 1000円