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カーボ・ヴェルデ(2) 友をつくる歓びを30年ぶりに(笑)思い出しました

さて本題に入ります。

こんな風に荒っぽく遊びまわった後、きれいなビーチでもういちどひと泳ぎし、へとへとになってアパートに帰ってくると、ブーゲンビリアの花が咲くアパートのテラスに座って日没を眺めながら、きんきんに冷やしたStrelaビールかChaワインを飲みながら夕食までの時間を過ごすのがなかなか良い。


北緯15度と赤道に近いので、日没が早いこと…。
 
アパートのすぐ前にあるPorto d'Antiquaのプールにも夕暮れが訪れる。


2日目の午後、島をジープで一周した後、アパートまで戻ってきてテラスから中に入ろうとすると、いきなり隣のテラスから、
「ヤーマーン、初めて会ったねえ。ハロー」
と、何と言ったらいいか、ボブ・マーリーの色をもっと黒くしたような青年がのんびりと右手を差し出してきた。これが私たちのアパートのお隣さんで、ミュージシャンで画家で、ショップのオーナーでもあるイシュマエルくんであった。マリファナの匂いをぷんぷんさせてる(笑)。

亭主のグリは隣人ができた大喜びで、毎日のように飲みに誘う。イシュマエルくんがテラスにいないと、中に向かって、
「おーい、イシュマエル。ビールあるよ」
と呼ぶ。すると、扉が開いてイシュマエルくんが、
「ヤーマーン」
と言いながらのっそり出てくる。



グリは自分で誘っておきながら、イシュマエルくんが、コップについてもらったビールをおいしそうに飲み始めると、
「ハッラーム!!!」
と指を突き付けて、非難する(笑)。



イシュマエルくんも、さぞかし「ヘンな親父につかまってしまったなあ」と思っていたことだろう。

イシュマエルくんが演奏するというコンサートの行われる、町のはずれの多目的ホール(ポリヴァレント)まで出かけていく。入口にたむろしているのは現地人ばかり、というかカフェオレ色の肌のカーボ・ヴェルデ人ではなく、漆黒の肌の男の人たち(たぶんイシュマエルと同様、セネガルの人々)ばかりなので一瞬緊張するが、構わずずんずん中に入って行くと、中は体育館のようになっていてやはりセネガルの人々が固まって話している。そこに、すその長い真っ白なドレスをきて髪もきれいに結い、輝くばかりの笑みを浮かべて見違えるような(笑)イシュマエルくんが出て来て、
「諸般の事情で開始が30分ぐらい遅れます」
と言うので、近所のカフェで腹ごしらえをしながら開始を待つことにする。



1時間後に再び会場に戻ってみると、中はこのようなすごいことになっていた。


素晴らしい歌声とパーカッション。西欧のコンサートと違うのは、シンガーが真ん中にいて、観衆がその周りを輪のように囲んで踊り歌うのだ。日本の盆踊りと違うのは、テンポと迫力だろう。でも、薄暗い上に、皆さん顔がまっ黒なので(笑)イシュマエルがどこにいるのかが分からない。

その後で、ビデオ画像を本人に見せて、
「どこにいたの?」
と尋ねると、
「ここだよ、ここ。」
と教えてくれるのだが、やっぱりわからない(笑)。

大みそかの晩は、イシュマエルくんのお兄さんのアレンが料理をすると言うので、御馳走になってしまった。


チキンを丸ごと買って来たのをぶつ切りにし、パン粉で揚げた上に、ピリ辛ソースをかけ、その上にポテトフライを乗せた大皿を皆で囲み、右手でむしって食す。カリッと揚げた新鮮な鶏肉にピリ辛ソースがかかっているこの料理は、感激のうまさであった。

今回の旅は、何か風水の方角が影響していたのか、毎日のようにやたら新しいお友達ができて、しかも、そのことを楽しんだり、ワクワクして待ち受けるような旅だった。うらやましいことにグリは、ブリュッセルにいてもこんな子供のような感覚を毎日感じていて、お友達と一緒にいるのが楽しくて楽しくて仕方がない。でも、自分にとっては、友達といて無心に楽しいと言うような感覚を感じたのは、じつに30年ぶりぐらいであったことをしみじみ思い返した。

南の空と海が生み出した束の間の魔法かもしれないが。
 

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