今年はブリュッセルが残念な意味で脚光を浴びてしまった年だった。テロ予備軍の頭数が人口比では欧州一のベルギー。ブリュッセル北西部のモーレンベーク区は、日本のお茶の間の皆さんもご存知の場所となってしまった。
1月のパリのシャルリ・エブドのテロ襲撃事件から、ブリュッセルもEU本部の前など要所要所に迷彩服に銃を構えた兵士が立つようになったが、11月のパリの同時多発テロ事件以来テロ脅威度が最高の4になり、地下鉄や学校が閉鎖され、町中のいたるところに兵士の姿が見られるようになった。
当方が住むアヴェニュー・ルイーズにも、通勤途中に車で通るEU本部前にも兵士が立っているので、自分としてはテロの脅威よりも、兵士が銃の取り扱いを間違えて流れ弾がこちらにあたってしまう事の方が心配だ。
ベルギーの警察がいかにのんびりしているかは、この町で、何度もひったくりや暴漢の被害に遭っている自分はよく知っている。(警官ののんきさについては、
2008年4月12日のブログの後半をご覧くださいませ。)この国で凶悪犯罪がほとんど起こらないと言う事もあると思う。小さな窃盗や強盗は市民にとっても「普通のこと」で、警察は犯人摘発よりも保険会社に提出する書類を作ってくれる人と言う位置づけである。これで何とか社会が回っていたのだが、この度、欧州近隣諸国の非難を浴びることになってしまった。中には極端なコメントも有り、私でも普通に歩けるモーレンベークが、あたかもブラジルのファヴェラやかつての香港の九龍城址のような「無法地帯」になっていたかのような言われようをされ、ベルギー警察もちょっとしゃきっとしている所ではないかと思う。
それにしても、今回のことで一番迷惑を被っているのは、ベルギーにいて、人種的や言語の面で不利な条件にもかかわらず一生懸命ベルギー社会に溶け込もうと努力しているイスラム教徒たちだろう。
下は、アヴェニュー・ルイーズに、毎週火曜日と金曜日の晩にトラックでごみ集めにきてくれるお兄さんたちが、クリスマス前にルイーズの住人たちに配ったビラだ。
「クリスマスおめでとう! ごみ集めに来るのは、僕たち4人です。僕たちのフリをして怪しいふるまいをする奴がいたら、ただちにこの携帯電話に通報してくださいね!」
私は、このビラを読んでなんだか泣けてしまった。
一番左のシャキール君はごみ収集車の運転主で、キルギスタン出身かなあ。右の3人は車の側面にしがみついており、道路沿いにおいてあるごみ袋の所で車から飛び降りて、後ろのミキサーに重たいゴミ袋を次々放り込んではまた元気よく車に飛び乗って・・・と言うハードで荒っぽい作業をこなしていく要員だ。バルーディ君は明らかに北アフリカ出身(おそらくモロッコ系)だろう。カンベル君はボスニアっぽい名前。ブリュイエール君はフランス名だが顔は北アフリカっぽい。恐らくみんなイスラム教徒なのだろう。その彼らが、一生懸命、
「クリスマスおめでとう!僕たちもキリスト教のお祭りを一緒に祝わせてください!仲間に入れてください!」
と言っているように読める。
ベルギーのイスラム系の若者の40%が失業状態で、社会からの疎外感を感じており、これがジハディストの巧みな勧誘に乗ってしまったと言われている。確かにそういう面もあるのだろう。また、北アフリカ出身者は、キツイ・キタナイ・キケンの3K仕事しか与えられないというフラストレーションを感じている若者も多いと聞いている。ただ、自分がベルギーにやってきた1980年代に比べるとイスラム教徒、特に北アフリカ出身のアラブ人のインテグレーションは大幅に進んでいると思う。今では、区役所の外国人課の窓口の外側だけでなく、内側にもアラブ人の職員の姿を見かけるようになった。自分の職場にも、アラブ系の会計士や税理士が増えてきている。20年前には考えられなかったことだ。
100年前、ベルギーのシャルルロワからリエージュにかけては炭鉱業が大変栄えた地域で、多くのイタリア人労働者が移住してきた。イタリア人炭鉱労働者の二世・三世は、ベルギー人と同じようなフランス語を話し、イタリア語を忘れ、今では完全にベルギー社会に溶け込んでいる。(リエージュのイタリア料理屋でスパゲッティーを注文すると、ベルギー風に分量が多く、かつ、茹ですぎで、閉口する。)イタリア系だと言う事で職業上差別をされることはほとんどない。ではアラブ人のベルギー社会への同化も、時間の問題なのか?
宗教の問題がある。とは言え、自分の周りには、アラブ人の二世・三世に敬虔なイスラム教徒はほとんどいない。酒を飲む者もいるし、自分では飲まないまでも、他人の飲酒には至って寛容だ。
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イタリア系移民と違うのは、彼らの故郷であるイスラム社会が(一部の国を除いては、政権や治安の面などで)多かれ少なかれ不安定なことかもしれない。それは、スンニ派とシーア派の対立に還元できない、外部の者にはさっぱりわからない複雑な様相を呈している。
日本の新聞雑誌の情報源も最近ずいぶん充実してきたが、2013年のFinancial Timesの投稿欄に掲載されたこの投稿が可能な限り単純化した要約かもしれない。
「アサドはムスリム同胞団が嫌いで、ムスリム同胞団とオバマはシーシー大統領が嫌い。
でも湾岸諸国はシーシー大統領が好き、ということは、ムスリム同胞団が嫌い!
イランはハマスが好き、でも、ハマスはムスリム同胞団を支持。
オバマはムスリム同胞団を支持するが、ハマスは米国が嫌い!
湾岸諸国は米国が好き、でも、トルコは湾岸諸国と一緒になってアサドが嫌いで、シーシー大統領が嫌いなムスリム同胞団が好き。
そして、シーシー大統領は湾岸諸国に支持されている。
ようこそ中東へ!そして、ハヴ・ア・ナイス・デイ!
(K N アル・サバー、ロンドン在住)」
現在は、これにISISやロシアが加わって、さらに複雑なことになっているが。
共和党の米大統領候補者ドナルド・トランプが、
「いったい何がどうなってるのかわからんから、わかるまではすべてのイスラム教徒のアメリカ入国を禁止すべきだ」
と言ったが、それが多くのアメリカ国民の正直な気持ちなのかもしれない。共和党候補者の内では支持率が40%にもなったそうだ。
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ブリュッセルでは、クリスマスが近づいても警戒が続いていたが、この兵士さんは、若者の集まるショッピング・ストリート、ヌーヴ通りを警戒中に、我慢しきれなくなってついクリスマス・ショッピングをしてしまいました。(彼女へのプレゼントなのでしょう。ショッピングバッグは、若い女性に流行のRITUELです。)ちなみにこの写真がTwitterに載ったおかげで、この兵士さんは職務停止処分を受けてしまいました。
なお、テロの警戒で大みそかのグランプラスの祭典は取りやめになりましたが、大みそかの夜8時ごろ、モーレンベーク区のとなりのアンデルレヒト区にあるクレマンソーの地下鉄の駅では、10人の悪ガキが、駅前に駐車していた車を階段からホームに転げ落としてしまいました。
この画像に「アラー・アクバール」と言う声を重ねた偽画像が出回りましたが、このオリジナルには餓鬼どもの「ウォー」と言う歓声と「ケケケ!」と言う笑い声だけが入っています。この餓鬼どもがテロリスト予備軍とは限りませんが、ベルギーの警官は、これまでのように自動車保険用の書類を作成するだけでなく、気を入れて捜査をしてほしいものです。
それでは、皆様、良いお年をお迎えください。
世界から、餓えと暴力が無くなりますように。