<< バッタリ倒れてしまった年末年始(1) 2012年に去って行った人々 | main | バッタリ倒れてしまった年末年始(3) 再び、「抽象度を上げる」ということ >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |

バッタリ倒れてしまった年末年始(2)  士別三日、即當刮目相待

去年の2月に「鷲の再生」と題するエントリーの中で書いた通り、昨年ずっと考え続けていたのは、どうやって過去に得た知識や地位や仕事の流儀に安住することなく、自分を変えていけるか? 厳しい雨の中で物陰に隠れる代わりに、一気に雲の上まで飛翔するための新しい翼をどうやって身につけるか? と言うことだった。

例えば、こう言う人間を思い浮かべて下さい。ジュニア・アシスタントとして15年前に入社してから、コツコツと仕事をし勉強を続けてきた。特に頭脳がブリリアントなわけでも、スマートで要領が良いわけでもないので、仲間内では有難がられながらも目立たず、人より多くの時間とエネルギーを仕事に注ぐことでようやく係長になり、課長に昇進した。

さて、この人の力量は、課長としては完成している。この人がこのままの完成されたスタイルと能力をキープする限り、それ以上出世はできないかもしれないが、日本の(昔の)会社であればそのまま定年まで課長で勤め上げられるか、悪くても関係会社に出向と言うことになるだろう。(今は日本の会社もそんな悠長なことは言わないかもしれませんが。)

ただこの人がいるのは、日本ではなくて、ベルギーの会社である。ベルギーでは、物価指数の上昇にスライドさせて自動的に給与が上がる法定インデクセーションというあきれたシステムがある。そこで、自動的に、毎年給与額が2〜4%も上がって行くことになる。

また、ベルギーでは、勤労年数により法定解雇予告期間(または解雇補償金)が増えて行く。増え方も半端ではない。勤労期間5年以内は、法定解雇予告期間は3カ月(または3カ月分給与相当の解雇補償金)だが、勤労期間5年を超えたとたんに6カ月、10年を超えると9か月… と、とんでもなく増えて行く。つまり、勤労期間の長いスタッフの潜在コストはそれだけ高いことになる。

ということで、この人の顕在的・潜在的コストは年月とともに増加していく。

この顕在的・潜在的コストの増加率を超えるスピードで、この人が成長していかない限り、この人は次第に会社にとってはお荷物となって行く。

経験による知識の蓄積は多少のヴァリューになるかもしれない。ただし、それも加齢による体力や能力の衰えによって相殺されてしまう。もっと若く、給与が安い若手スタッフがもっと要領よく同じ仕事をできるかもしれない。会社にとっては、これ以上潜在コストを増やすよりかは、早くこの人を解雇して、若手スタッフに仕事を振った方が得策である。

さて、上述の「この人」がいる状況とは、今の私が置かれている状況を冷静に分析したものです(とほほ・・・)。

数年前に考えたのは、いかにして自分を代替不可能な、かけがえのない、競合他社に行かれては困る人材にするかと言うことだった。何か形に残る分かりやすいものが良いと言うことで、とりあえず、税理士の国家試験の準備を4−5年して、合格した。

でもそれでは十分でない気がした。税理士資格は自分の仕事にあるていどは役に立つことであるし、会社の主たる目的にも名目的には直結するのであるが、それは、「会社が本当に自分にしてほしいと思っていること」とは関係ないのではないか・・・ということだった。つまり、試験準備中から税理士資格を取ることは皆が応援してくれたが、それはしょせんは自分の独りよがりの意志で、会社の利益は別の所にあるのではないかと言うことだった。(そのため、試験準備のための休みは取らず、就業時間後の夜の時間だけを使って勉強した。)

つまり、自分を代替不可能な、競合他社に行かれては困る人材にすることは自分の身を守るためには大切なことかもしれないが、それだけに集中することは、企業と言う集団の中で仕事をする喜びをそいでしまうのではないかと言うことだった。

それに気づいてからは、「独りよがりや自己満足ではなく、会社が自分にしてほしいのは何だろうか」と考えることが課題になった。その答えは今も出ていない。でも、考えるとっかかりは獲得したと思う。それは、まずは、会社が、今何を目的としていて、何をどうしたいと考えているかを理解するということ、自分の上司たちを観察して、彼らがそのために何をしようとしているか、いま彼らがそのために日常的にやっていることを理解することはもちろん、そのひとつひとつの行為を、自分だったらできるだろうか(たぶんできない)を考えること。そして、彼らがやっていることの内、部分的にでも自分にできることは何だろうか? を考え続けること。それによって、いつかは答えにたどりつくことができるのではないかと言う気がしている。

***

モスクワ事務所のジャパンデスクにいる同僚Iさんが、先日出張してきた。彼はもともとブダペストにいてハンガリー語がペラペラだったのだが、数年前にモスクワに異動になってからは必死でロシア語を勉強し、2年前に会ったらロシア語がペラペラになっていた。今回会ったら、訪問先の自動車会社の人々と自動車の製造工程やディストリビューション等の話ができるくらい、ロシアの自動車業界の専門家になり、現地の自動車工業会のロシア人たちの中では顔になっていた。

「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし」とは三国志の中の言葉だったと思うが、Iさんの変化には、毎回会うたびに瞠目したものだ。

Iさんとお客様を訪問した帰りに車の中で、正直にそれを言うと、
「まりあさんもやってください」
と言って、自分がどうやって業界のビジネスに精通するための勉強したかを教えてくれた。
「私だったらあと5年ぐらいかかるかもしれません」と言うと、
「あと、2年。」
と、元気づけるように言ってくれた。それは、まさに、自分が自分に残された時間として思い描いていた期間だった。

***

年末年始に悩み続けた重い頭で出社し、同僚のサイトーさんに、Iさんの進歩に瞠目した話をし、「ああ、私は変化も進歩もなく2012年を終えてしまいました」
と嘆くと、サイトーさんがめずらしく憤慨したようなでかい声で、
「まりあさん、変わりましたよ!」
「・・・へ?」
「2012年にすごい進歩しましたってば!」
と力強く言ってくださったおかげで、少し元気が出ました。

スポンサーサイト

| - | 04:59 | - | - |

Comment

自分がいかに代替がきかない人間になるか?それは仕事をしている場合保身という事もあり誰でも一度ならず考える事です。もちろん私も何度も考えました、が具体的には今の会社の場合アドミから抜け出して保険の仕事をしない限りそれは明らかに実現しないというのが現状です。が、社の
方針として日本人をその部署に付かせる事はないだろうしそうなると今の部署でどこまで何ができるのか?もう量で勝負しかないのだろうか?あれこれ考えながら私も進歩のない2012年を過ごしてしまいました。これではいけない、本当にそうです、今自分が何を要として今後の行く先をオーガナイズするか迷路の中にいる私です。がしかし、まりあさんの周囲には実に高いハードルを越えた人が沢山いるのですねぇ。

| り | 2013/01/10 11:34 PM |

私の場合、アドミの仕事をする同僚や、部下の中にも、「この人本当にすごいなあ」と感嘆するような人もいます。その人がどんなにつまらなく思われる仕事をしていても、要は仕事の内容と言うよりも、仕事への姿勢によって、まわりの人を感嘆させ、「私もこれを参考にしよう」とか、「私も頑張らなければ」とこちらに思わせるような人はいるのです。仕事の姿勢と言うのは、例えば、毎日コピー取りをしながら、「この仕事を、昨日より少しでも綺麗に、速くできるようになるには自分はどうしたらよいか」と常に考え続ける人とか、工夫をしてコピー取りそのものが必要となくなるような別の手段を考えてしまう人とか。

後者の例は、ジュニア・アシスタントだった当時のグンターがやってしまったことで、今でも鮮明に覚えています。「こいつはすごい!」と私が感動している内に、大勢いるジュニアアシスタントの中で彼が見る見るうちに突出してきて、最後には私の上司になってしまいました(笑)

私にとって、いい同僚・部下・上司というのは、こちらに感動とインスピレーションを与えてくれる人で、そう言う意味では自分はつくづく同僚・部下・上司に恵まれていると思います。

そういう中で、りつ子さんと同じく、私も迷路の中で悩んでおるのです。

| まりあ | 2013/01/11 4:32 AM |

周囲の人の素晴らしさに、感動できる人は、自然にそこから学んでおるのです

ぎゃくに、周囲の人の批判しかできない人は、自分を正当化することにエネルギーをついやすばかりで、何も学べないのです

| ムカイ | 2013/03/14 4:25 AM |

ムカイさん

コメントありがとうございます。ムカイさんは、いつでも私の最も厳しい師であり、ムカイさんの一言は、いつでも私の胸にぐさっと刺さるのでした。

だから私は、ムカイさんのコメントに対してはいつも、
「ぐぇっ!」
としかお答えできません(笑)。

まりあ

| まりあ | 2013/03/26 6:08 AM |

ムカイさんの仰る通り100%です。もしかしたら「私の職場は周りに尊敬できる人がいない」などと言った私自身がぐさっとされたのかとも....
確かに、居ますよねこういう人、自分の正当化以外絶対耳をかさない人、これは最悪です。こういう人は人の話に答える時よく「絶対」という言葉を使うと最近気がつきました。特に自分と違う意見を言った人に答える時即「絶対ちがう」と言う言葉から始まる、なにこの絶対って?ポリシーとして私はこういう人には丁寧にかつ距離をおいて接する事にしてます。そういう自分も気をつけなくては...

| り | 2013/03/26 4:02 PM |

Submit Comment









Trackback URL

http://terub.jugem.jp/trackback/198

Trackback