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BOOK OF LOVE  (2)

この20年来で一番うれしかったことのもう一つは、10人の同僚といっしょに1年以上も追いかけまわしていたマンモスを一頭しとめられたことです。

マンモス狩りはサッカーと似ていて、チームワークだ。仲間の数人がジャングルに火を放ちマンモスをいぶし出すと、こちらで弓矢を構えた別の仲間が退路をふさぎ弱らせる。そこに別の一隊が来てとどめをさす。

とどめを刺したのは、ちょっと若い頃のシガニー・ウィーバー(写真)に似たマネージャーのアンヌレーンだった。私のお役目は、アンヌレーンが雄々しく大太刀を振り回す間、後ろの方に控えてタムタムを打ち鳴らし続けることでした(笑)。

疲れてきたり、あきらめかけたり、別のライオンやシマウマに注意を奪われたり、「家畜の世話が忙しいので村に戻る」とか言いだす同僚たちを激励し、戦いの踊りで興奮させ、マンモス狩の熱狂を忘れさせないようにするためのタムタム打ちは、長期に渡る狩にはとても重要で本質的な役割なんだよ。ねっ。


さて、アンヌレーンのことを、私たちは「兄貴」と呼んでいた。大柄で、男っぽくてさばさばしていて、暖かくて頼りになるからだ。

アンヌレーンは、若い頃にお母さんを亡くし、幼い弟や妹のお母さん代わりを務めて来た。そのせいか、まだ三十そこそこと言うのに、とても落ち着いている。頭は良いがディマンディングで子供っぽい若いディレクターのグンターの下で、年間150万ユーロのクライアントへの業務を仕切っている。時々、声が出なくなってしまうのは多分ストレスのせいだろう。でも、彼女はストレスを外にぶつけない。口数が少ないのに、どんな時でもこちらを温かく包み込むような、素敵な笑みを見せてくれる。

男っぽくて色気のないアンヌレーンが、ある日恋人のフランシスを紹介してくれた。シガニー・ウィーバー風のアンヌレーンと、トム・クルーズの背を20センチぐらい高くしたようなフランシス。ハリウッド風の、しかも若くして職場では出世頭のスーパーカップルだ。

アンヌレーンがフランシスのことを語る一途な様子に、男っぽい彼女にこんな少女らしい一面があるのかと思ってほほえましかった。

ある晩、会社から自宅へ車を走らせていてルイーズ・トンネルのカーブに差し掛かった時、とつぜん、
「うん、アンヌレーンはフランシスと結婚するべきだよね。やっぱり!」
と思った。そのとたん、何故か自分のハートが暖かい、幸せいっぱいな気で満たされたような気持ちになった。

翌日、アンヌレーンが、
「昨夜、フランシスにプロポーズされたの」
と恥ずかしそうに打ち明けてくれた。それがなんと、自分がルイーズ・トンネルのカーブに差し掛かったのとちょうど同じ時刻だった。

アンヌレーンの結婚式がバタバタと決まり、私はアントワープ郊外の結婚式場に車を走らせていた。実は前日に、自分の車のガラスが割られトランクに置いてあったナビが盗まれていた。方向音痴の自分は、アントワープトンネルのあたりで何度も道に迷って、とうとう彼女の結婚式に行くことができなかった・・・。

昨年末頃から、夜遅くオフィスを離れる時、隣の部屋にいる彼女が一人でコンピューターを眺めている姿を目にすることが多くなった。オフィスを出るのはほとんどいつも自分が最後だったのに、最近はだんだんと、仕事を続けている彼女に挨拶をして先に出ることが多くなった。よっぽど忙しいのだなあと思っていた。

そんなある日、彼女の上司のグンターと例のマンモス狩りの相談をしていた時だった。たしか、タムタムの楽譜や森やサバンナの地図を自分なりに試作して、彼の意見を聞きに行った時だったと思う。

よく思い出せないのだが何かのはずみで、グンターが、
「あ、アンヌレーンにその言葉を言っちゃ駄目だぜ。いま、微妙な時期だからな」
と言いだした。
「別れたんだよ。フランシスと。クリスマス頃が決定的だったらしいな」
私は、血圧がさーっと下がるような気がして黙っていた。
「まあ、俺みたいな、素晴らしい男を上司に持つと、みんな自分の亭主がつまらなく思えるんだよな〜。けけけ・・・」

グンターは頭が抜群に良く、胆力もあり、30代半ばでいきなり年間150万ユーロ級のビットをいくつも勝ち取ったが、心の成熟度に欠けるところがある。いつか自分が人生の辛酸をなめる時がくれば、もっと優しくなれるのかもしれないが。

それからというもの、ますます注意して、帰り際に彼女の部屋をのぞくようになった。大柄で普段は姿勢のいい彼女が、背中を丸めるようにしてコンピューターの画面に目をくっつけるようにして仕事をしている。そうしている彼女が、何故かとても小さく見える。彼女の丸まった背中に定規でも差し込んで、ぴっと伸ばしてあげたい。PCの画面を高くするか、椅子をもっと低くするかしてあげたい。そんなおせっかいなことを考えながら、
「早く帰りなよ…」
と彼女に声をかける。何かもっと元気づけることを言ってあげたいと思いながら、それ以上のことは言えないでいる。
アンヌレーンは、こちらを安心させようとするかのような笑みを見せて、
「大丈夫、帰るわよ!」
と言い返す。そんな日が数カ月続いた。

フランシスは、アンヌレーンと二人で買った家を出て行ってしまったらしい。アンヌレーンは、フランシスのいなくなった家に一人でいるのが嫌で、オフィスに残っているのかもしれない。でもそれだけではない。丸まった背中みたいに、折れそうになった彼女の心をかろうじて支えてくれているのが、たぶん仕事なのだ。

***

重要なのは、マンモスではないし、ましてやマンモスがしょってくる札束でもない。マンモス狩りはマンモス狩りでしかない。

でも、まだ血の付いた太刀をぶら下げて帰って来た彼女が一言、
「上首尾だったわよ」
というメールを送ってくれた時、私は自分の部屋を飛び出て、隣の部屋の彼女に向かってガラス越しにVサインを送ってしまった。アンヌレーンも、大きな目の下の大きな口から綺麗な真っ白な歯を覗かせて、右の頬に深いえくぼが刻まれる極上のスマイルを見せ、Vサインを返してくれた。

(つづく)

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