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BOOK OF LOVE (1)

5月に入って、嬉しいことがふたつもあった。私にとってはこの20年間で一番嬉しいと言ってもいいことだ。自分に関することではないが。

ひとつは亭主のグリがずうっと夢見ていた仕事に就けることが突然、どたばたと決まったことだ。グリは飛行機操縦士のライセンスをとってから、ずっと航空会社に履歴書を送っては面接や実技試験を受けていたが、契約までこぎつけた航空会社が突然潰れたりして、いつもどたんばで採用されなかった。それでとあるアジアの航空会社の欠員補充のような仕事ばかりをしていた。航空会社不況で、巷には経験豊かなパイロットがあふれている。「残念ですが・・・」というお断りの手紙のコレクションが電話帳ぐらいの厚さのファイルになってもグリは全然あきらめず、ひたすら飛行関係の勉強を続け、ますます飛行機への愛と、飛行機の知識と、自信を強めていくようだった。

でもグリはもう45歳だ。こんなに年を取って経験の少ないパイロットは、もうどの航空会社でもフルタイムでは雇ってもらえないのではないかと、私はほとんどあきらめていた。

グリは大きな庭付き一戸建に住んで子供もたくさんいる弟のデニスとロジャーにわが身を引き比べて、
「俺は金持ちになる。そうして、まりあにも楽させてやるからな」
と言うのであった。
「まずは、田舎にセカンド・ハウスを買おう」
私は、
「ヘイヘイ、サンキュー」
と言いながら、私は(セカンド・ハウスどころか、ファースト・ハウスもないじゃん)と心の中でつぶやくのであった。

お金のことを気にして危ない橋を渡ってほしくはないが、こんなに飛行機が好きなのだから、給料は少なくてもいいので、さっさとフルタイムのパイロットになって思いっきり飛んでほしいなあとも思う。グリが哀れであった。

ところが、5月の始めにエージェントからの突然の電話で、
「明日の早朝に面接があるから、ロンドンに行って」
と言われそのまま大急ぎで出かけたら、採用が即決してしまった。

半信半疑の私は、
「グリを雇うなんて、ヘンな航空会社だなあ・・・」
と思ったが、案の定、契約相手はパイロット専門の人材派遣会社で、その派遣で、アイスランドの航空会社の一員として、その航空会社が契約するサウジアラビアの航空会社へのチャーター便の貨物機を操縦すると言うのがグリの仕事であった。正社員ではないが、ほとんどフルタイムだ。

サウジアラビアの航空会社なので、ハッジ(メッカへの巡礼)の季節には貨物だけではなく巡礼専門のフライトに早変わりする。巡礼に出かけるのは死期が近づいた老人が多いので、1回のフライトに1人ぐらいずつ病人や死者が出ると言う。なんだか荒っぽい仕事のようである。

グリは面接に出かけたっきり帰ってこず、そのまま他の7人の新規採用者と共に、2週間の研修に入ってしまった。

まだ半信半疑の私は、
「もしここで、何かの理由で採用がダメになっても、無料で研修を受けられるんだからいいよね・・・」
と自分に言い聞かせている。

グリは楽しくて、嬉しくて仕方がない様子で、毎晩電話をかけてくる。8人の中では、何と一番若くて「ヤング・マン」と呼ばれて可愛がられているのだと。この研修が終われば、数日間のシミュレーターでの訓練がフランクフルトで始まる。

そんなとき、グリの書類に不備があるらしきことが分かった。ロンドンのグリとエージェントからかわるがわるに電話があり、グリの書類を整えるために自分も奔走した。この時ばかりは、
「神様、いまさら採用がダメになったら、あんまりです。もう私の昇給も昇進もいりませんから、セカンド・ハウスもいりませんから、グリをここで働かせてくださ〜い。グリの給料もいりません。逆に私がお金をはらいますから。。。」
とずっと祈っていた。その間は生きた心地がしなかった。

私の祈りが通じたのか、グリは無事採用となり、同僚と8人で写った写真を送ってきてくれた。



空のトラック運転手たち。想像はしていたけど、はやりちょっと、うへぇ・・・と言う感じの写真である。さすがのグリ(後列中央)が幼く見える。

詳細はここには書かないが、グリが楽しそうに話すのを聞いたところによると、グリと同じく空のエリートコースからかなり外れた人たちのようです。特に前列中央に座るノルウェー人のロアは、かなり切れやすい人で、日本の航空貨物会社とケンカして辞めてきたというつわものです。日本の実家の近所で見かけた傷だらけのデブの野良猫のような風格がある。他のみんなも紆余曲折のある経歴の持ち主。前列右のイギリス人のキャンブルだけは経歴が不明であるが、クラスでも群を抜いたプロフェッショナリズムと、どことなくノーブルな面持ちから、有名航空会社のキャプテンであったことを想像させる。

グリにとっては家族のように大事な同僚たちである。

一番左のフレミッシュ・ベルギー人のカール(かれは倒産した某ベルギー航空会社の機長だった)が、グリが副操縦士を務める貨物機の機長になる。ブラッセルからサウジのリアッドまでの6時間のフライトの間、せまいコックピットでグリの止まらないおしゃべりに付き合わされるカールが気の毒である。

これまでピーターパンみたいに好き勝手に生きてきたグリが急に厳しいスケジュールや規律の中で生きなければならないと思うと、自分までが新しい世界に踏み出すみたいでとても怖い。でも、グリがこの仕事を最後のチャンスとして大切に思って、おしゃべりと喧嘩早さをおさえ、つらいことがあっても全て人生の学びとして一つ一つ丁寧に取り組んでくれることを、ひたすら祈るばかりである。

(つづく)

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Comment

マリアさん、グリの就職おめでとう。私はグリには会った事はありませんが、これまでこのブログ上で登場するグリの印象は、彼はマリアさんの亭主であり、弟であり、やんちゃな長男でありました。今日初めてグリのスキルを聞いて、マリアさんがいつか私に話した事がある「飛行機のコックピットに入った」と言った事を思い出しました。その時はなぜコックピットに入れたのか分かりませんでしたが、今日初めてその時はグリとの恋仲だった事が分かりました。亭主、弟、長男に加えて恋人というグリの新しい顔が増えました。今日のマリアさんのグリの就職に対する思いは、妻として、姉として、母として、恋人としての思いが熱く込められています。二つ目の「嬉しい事」楽しみにしていますよ。老真。

| 老真 | 2012/05/27 12:10 AM |

老真さま、有難うございます!老真様に祝っていただいて、こんなに嬉しいことはありません。

グリが大型機のライセンスを取ったのは、2001年4月、ちょうどあの同時多発テロ事件の5か月前のことでしたので、その後でコックピットに入った話を老真さまにしたかもしれませんね。

確かに、普通のカップルは姉弟とか母子の関係になるまえに恋愛時代があるのかもしれないですね。自分がグリと知り合ったのは、大変つらい体験をして男性不信になっていた時期で、すっかりひねくれてしまった心をまともにするために何年かかかるあいだ、グリやそのお父さんやお母さんが家族のように支えていてくれたのです。だから、グリとは恋愛の期間と言うのがないのです。

そんないきさつを、Book of Love (3)として書こうかなと思っています。

| まりあ | 2012/05/27 10:59 PM |

まりあ様 ほんとグリちゃんの就職おめでとうございます。やりました!
ですね、とにかく彼の明るさとヤケをおこさない性格が花開いたという感があります。やっと今頃になって思うのは仕事というのはお金を稼ぐだけでなく社会で自分の居場所がある、必要とされているという事の証明なんですね、それとずっと前向きだったグリちゃんにも脱帽です。色んな経歴をもった同僚との世界もとてもオリジナルで本が一冊書けそうな逸話すらあるのではないかと思います。まりあさんの心配の仕方はまるでお母さんみたいでつい笑ってしまいました。よかった、よかった。

| り | 2012/06/06 8:21 PM |

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