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人生グロテスク

高校生の頃、映画、特にイタリア映画、イギリス映画、日本の古い映画・前衛映画が大好きで、週末には神保町の岩波ホール、三百人劇場、大塚名画座、池袋文芸坐、三軒茶屋名画座、四谷のイメージフォーラム、天井桟敷、竹橋近代美術館の上映会等に行りびたっていた。(さもなければ神保町で自転車を引きずりながら古本と古いクラッシックのLPレコードをあさるという、若いぴちぴちの女子高校生には似合わない暗い日々をすごしていた。)

池袋文芸坐で、イギリスの映画監督ケン・ラッセルの映画「チャイコフスキー」がかかった。でも平日学校の帰りにしか見に行けない。ビデオもDVDもない時代で、名画座でもほとんど絶対に上映されないケン・ラッセルの映画が上映される。自分の通っている私立の女子高では、学校帰りにどこかに寄る時は、父兄の届出書を担任に提出しなければならなかった。当時の自分は、両親と離れて祖父母と住んでいた。超ハートボイルドの祖父から許可を取るのは不可能そうだった。

意を決して、祖父母には図書館によると嘘をついて、学校帰りに池袋文芸坐に行った。

ケン・ラッセルの「チャイコフスキー」は、リチャード・チェンバレン扮するチャイコフスキーの華麗な音楽キャリアの裏の悲愴な人生を描いている。人生の悲惨さと音楽の美しさ(特にピアノコンチェルト第1番第2楽章)が、何とも言えないグロテスクな対比をみせていて、私は感動でぼうっとしたまま7時頃家に帰りついた。ご飯を食べ、布団に入りしばらくして変な気配に目を開けると、布団の足元に祖母がちょこんと座りしくしく泣いている。

びっくりしてとびおきる私に、
「今、婦人警官の人が来て、あなたが学校帰りに映画館に行っていたって。もう、あたしショックで。おじいちゃんには言わないから…」
と言ってまだしくしく泣いている。祖父に言わないでいてくれたのは、言ったら、私も祖母もぶんなぐられていただろうからだ。

私は祖母を泣かせてしまったことにすっかり意気消沈したが、池袋文芸坐で私を見かけたと言う婦人警官が、自分を自宅まで尾行し、その後かなり時間がたってから家のベルを押し祖母に一部始終を告げたと言う事に、なんだかとても怖くなってしまった。

映画館から1人で出てきた自分は、髪の毛は染めていないおかっぱの直毛で、スカートも短くない、いかにもまじめそうでダサくて暗い女子高生だ。その彼女に、
「学校の帰りに映画館なんかに寄り道しちゃだめじゃない」
と彼女が声を掛けなかったのは、どうしてだったのだろうか。

池袋文芸坐のある池袋から、当時の私の自宅までは、まず山手線で巣鴨まで2駅乗って、その後都営地下鉄三田線に乗り換えて、さらに2駅行って、駅からかなり歩かなければならない。池袋駅のホームで電車を待つ時間、夜の山手線の中、巣鴨のホームで地下鉄を待つ時間、白山の駅から住宅街を歩く私を尾行する間、彼女は何を考えていたのだろうか。

当時の非行防止の婦人警官さんが皆、映画館や喫茶店から制服姿で出てくる女子高生を尾行していちいち親に通報していたとすると、ずいぶん人材が余っていたのかもしれないなあ。そうでなかったとすると、その女子高生の中に尾行してでも通報しなくてはならない重大な何かがあったのか、それとも、婦人警官さんの中にぜがひでも尾行に駆り立てる何者かがあったのか、それとも女子高生と婦人警官さんのちょうど中間に何か強力な牽引力のようなものが働いてしまったのか、そのいずれかしか考えられない。

その後ウン十年たって、たぶんその婦人警官さんの当時の年よりもずっと年上になってしまったであろう今、ついに最後まで自分が会ったことのないあの婦人警官さんは、どんな服を着てどんな顔形をしていたのか、綺麗な人だったのだろうか、どんな家族をもちどんな人生を送ってきたのか、映画は見たことがあるのか、音楽は、チャイコフスキーは好きなのだろうか、私を尾行しながらいったい何を考えていたのかなと思いを巡らせることがある。

もちろん、悪いことをしたのは女子高生の自分であるので、いまさらあの時の婦人警官さんの心の中を詮索したりする権利はないのだが。

昨年、「光の帝国へようこそ」のDragon Treeさんとお会いした時に、彼も同じような時期に、岩波ホールや池袋文芸坐を徘徊していたことをお聞きして、またあの時の怖いと感じた気持ちを思い出してしまった。

ほとんど憎み合いながらくらしている祖父と祖母、食事の世話をしてもらい学校に行かせてもらいながら感謝の気持ちすらなく、ひたすら映画と読書と音楽にのめり込んでいる孫娘の女子高生、そして彼女を尾行した顔のない婦人警官、その何とも孤独な4人がある一夜の奇妙な絵の中におさまって、今の自分に思い出されるのだった。

最近あまり映画を見なくなったのは、映画よりも、実人生の方にグロテスクでエキサイティングなことがあると思うようになったかもしれない。

ケン・ラッセルの「チャイコフスキー」、今ではYou Tubeで簡単に見れるようになったのですね。昔は、映画一本見るにも大変だったんだよ。


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Comment

まりあ様

リチャードチェンバレンは映画「将軍」のイメージが強くていかにもハリウッド産という風に思ってたのですが、こんな映画もあったのですね。ほんと昔は高校生の頃でも学校の規制がものすごくて髪型、スカートの長さ、ソックスの折り方等々ばっちり決められててそこから出ると即「不良」と言う
事になってた、本当の不良なんてごく一部の一部で他はダサい子ばっかりだったのに。家の田舎では学校の隣に甘納豆の工場があって、そこに帰りに寄って甘納豆を買って帰るのは
禁止されてました、崩れた甘納豆を安くで買えたのです、未だに意味が全く不明です、あれは悪い事だったのだろうか?
「決まり」というのは意味があってできる事ですが、その理由が場合によっては全く理不尽だったりする、が、決まり=
絶対真理と疑わない人って居るんですよね、疑いつつも破る訳にはいかないですが、?という事が寸分も頭を横切らないのも怖い、そういう人は洗脳したら恐ろしい事も疑わないで
やってしまう可能性十分ですから。





| り | 2011/09/05 1:41 AM |

甘納豆ですか〜。

ただ、自分が先生になったら、自分自身が帰りに甘納豆を買っていても、やっぱり
「生徒が甘納豆を買うのはいかん!」
とか言いたくなってるかもしれませんね。
そう言う時には、本当に自分のためではなく「生徒のためを思って」そう言っているのだと思いますが。。。

また先生のような権威のある人が言う事だから、
「絶対に甘納豆は買ってはいけない」
と生徒である自分も思ってしまうかもしれません。
(最近の先生の権威は失墜しているそうなので、最近の生徒はそうは思わないかもしれないのですが。)

つい最近までアイルランドがそんな感じだったそうです。(ベルギーも30年前頃まではそうだった?)

オランダに行って驚くのはみんなが交通規則を守ること。「自分たちで作った規則だから、自分たちで守る」というような印象を受けました(違っていたら、オランダ在住の方、訂正してくださいまし)。

ベルギーでは、自分たちで作ったはずの規則を、人々も当局も平気で破るのは、心のどこかで「支配者に押しつけられた規則」だから見つからなければ破ってやれと思っている所があるような気がします。ということで当地ベルギーでは、甘納豆を食べてはいけないという規則はそのままで、先生も生徒も仲良く甘納豆を食べているような(笑)。こういう社会なので、女子高生を尾行するような婦人警官さんもいません。

| まりあ | 2011/09/12 7:09 AM |

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