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モンセラート修道院の黒いマリア

2004年7月に、バルセロナ出張の帰りにそこから1時間ほどの標高1300Mの岩山の中にあるモンセラート修道院参りをしてきた。

なぜ、モンセラート修道院か。たまたま近くまで来ていたということもあるが、もうひとつの理由は子供の頃にさかのぼる。

モンセラート修道院をはじめて知ったのは、日本海に面した田舎町の中学生だったころ、アパートの上階に住む高校生のお姉さんの貸してくれた1枚のLPレコードからだった。
このお姉さんは、少年合唱団狂で、ウィーン少年合唱団はもちろん、パリの木の十字架合唱団から、ドレスデン・クロイツ合唱団、ライプチッヒ聖トマス合唱団、テルツ合唱団、ケンブリッジ・キングス・カレッジ合唱団、オーストラリアのヴィクトリア合唱団・・・と、田舎の高校生にしてはようまあこんなに・・・と思わせるほど大量の、 (おそらくビクター少年合唱団を除く) 世界中のありとあらゆる少年合唱団が出演しているレコードをコレクションしていた。コレクションの中には、15枚組みのバッハのカンタータ全集なんてのまであり、どうやって手に入れたのか輸入版のレコードもたくさんあった。お姉さんはそのコレクションを実に気前よく次から次へと私に貸してくれ、その中に、このモンセラート修道院聖歌隊(エスコラニアと呼ばれる少年聖歌隊)の演奏による、ドイツのアルヒーフと言うレーベルの恐ろしく古めかしい録音のLPがあったのだった。わたしはそのレコードを古いプレーヤーからカセットテープに録音し、その、途中でテープが足りなくなって音楽が途切れたり、録音の途中で母親の声や犬の鳴き声が入ってしまったりしたカセットテープを、大学に入る頃まで後生大事に聴いていた。

聖母マリア賛歌集というそのLPは、その昔モンセラート修道院の修道士たちが聖母マリアを讃えて歌った歌を集めたものだった。メロディーが当時の教会音楽と全く異なるのは、マリアを讃えるラテン語の歌詞を当時の流行歌のメロディーに乗せて歌ったものであったからだ。清貧をモットーとした修道会には、どうも新たに作曲を依頼する財力も後ろ盾もなかったと解説にはあった。 (般若心経をユーミンのメロディーに乗っけて歌っていたようなものだろうか。大胆。)歌詞のコピー(年がばれますが、当時はコピー機などなかったので、大学ノートに手書きで筆写したもの)を片手に、修道院を囲む岩山に照りつけるぎらぎらした太陽や、それとは対照的な凍るような空気の冷たさを想像ながらうっとりと耳を傾けており、いつのころからかモンセラート山は私の憧れの地になっていた。

その後、日本と欧州とで引越を繰り返している内に、その雑音だらけのカセットテープはどこかに行ってしまい、モンセラート山のことも記憶のガラクタの中に埋もれてしまった。ところが、10年と少し前、ニースの芸術祭で日本の前衛アーチストと呼ばれる人々のお手伝いをする機会があり、そのうちの一人Mさんという年齢不詳の女流胡弓奏者・ボーカリストから、芸術祭も終わりに近づいたある日突然、「これが終わったら、一緒にモンセラートへ行かない?」とさそわれたのだった。「おお、モンセラート!? ここでお前に出会うとは?」 と一瞬心が動いたが、モンセラートがニースからどの位離れているかも分からなかったし、日本でさえちゃんと生活できているかどうか分からない年齢不詳の胡弓奏者(Mさんごめんなさい)をつれてスペインの山の中など旅をしたくなかったので、ていちょうにお断りした。

彼女は、その時、高い澄んだ声で歌も歌ってくれた。彼女の声は、そのいかにも胡弓の似合うシルクロード的な風貌にもかかわらず、ボーイソプラノのように高く澄み切っている。しかも、彼女の歌ってくれたのは、私が繰り返し聴いていたあの名も知らぬ歌のひとつではないですか。その後、その歌の収録されたCDを探して、モンセラート聖歌隊のCDを見つけてはチェックしていたが、せっかく教えてもらった題名もすぐに忘れてしまい、どうしても見つけることができぬまま時が過ぎて行った。

前置きが長くなってしまったが、このような理由でモンセラートの岩山とそれに抱かれた修道院はいつも心の片隅にあった。

さて、出張明けの週末、いよいよ修道院に行こうという日曜日は、疲れた体に鞭打って早起きし、バルセロナ発、モンセラート山の麓を通るカタロニヤ山岳鉄道に揺られること1時間、そこから更にロープウェイに乗り、奇岩の中に抱かれた修道院を目指したのだった。この岩山の間の空間を1000メートル近くもゆらゆら上がっていくロープウェイから見下ろす眺めは絶景だが、同時に発狂しそうに恐ろしい。しかし真の美とは恐怖の中にこそ顕現するものかも知れません。この岩山の景観からは、かのアントニオ・ガウディが随分インスピレーションを受けたらしい。ロープウェイを下りると、おおまさに、その昔借りたレコードのジャケットの写真でおなじみの岩山の中の修道院がある。それにしても、中世の修道士や巡礼たちは一体どのようにして、この隔絶した岩山にひっそりと抱かれた修道院までたどり着いたのだろう。

モンセラート(のこぎり山)

この修道院は、近くの洞窟から発見されたと言う黒いマリア像を祭っている。黒いマリア像は、偶然にも、その1週間前に訪れた南仏の港町サント・マリー・ド・ラ・メールの教会にもあったし、バルセロナ市内の大聖堂にもあった。その後不思議に思って調べてみたところ、フランス山間部や、地中海沿岸の国々を中心に土の中や洞窟からこのマリア像が発見されたと言う記録は千件にも上るそう。そして百体ぐらいは今もどこかの教会に祭られているらしいのだった。どうも、マリアと言う形をとってはいるが、キリスト教以前の原始の地母神信仰の名残ではないかとのことである。マリア像が洞窟や土の中から発見されるのもそのためかもしれない。黒いマリアに限らず、欧州南部一帯を熱狂で包んだマリア信仰そのものがキリスト教に抑圧された原始宗教の発現であると言われるが、黒いマリア像はそのようなマリアの出自をもっともよくとどめていると言えるかもしれない。(この辺は、清川理一郎著「キリストと黒いマリアの謎−異端・自由思想・ラテン系フリーメーソン」に拠っています。)

余談になるが、バルセロナの大聖堂でもつくづく思ったことは、カトリックは一神教の看板を掲げた多神教だなということであった。教会の中には、キリスト様を真ん中に、マリア様や、何々聖人を祭るチャペルがアパートのように並んでいる。聖人自身が信仰の対象になっているのは、仏様に対する信仰と似ている。マリア様はさしずめ観音様か。龍を退治したミカエルは不動明王とか?

さて、話がそれた。実は、子供時代の懐かしい音楽に惹かれてモンセラートまで来たのはもちろんなのだが、私はこの数週間・数ヶ月しぼんだ風船のごとく元気がなく、岩山の聖地に来れば大地の力によって、私のような異教の徒ではあっても何か元気をもらえるのではないかとむしのいいことを考えていたのだった。そうしてはるばる来て見たら、岩山に宿る地母神とも思われる黒いマリア様に思いがけず遭遇することになった。しかし、教会の祭壇の後ろの高座に安置されたマリア様にご対面するためには、教会の外側まではみ出た群集(ほとんどがおばさん)の長蛇の列に並ばねばならない。山の上にたどり着くまでにほとんど力を使い果たしてしまったわたしは、それでも意を決して列の後ろにつき、30分ぐらいたって痛い足腰を引きずりようやくマリア様の前にたどりついたのだが、遠慮なくマリア様に触ったりキスしたりしている周りのおばさんたちの、その迫力ある光景は東京・巣鴨のトゲヌキ地蔵そつくり。わたしはなんだか急に気後れがして、ちょいと手で拝むとあっさりとそこを離れてしまったのです。薄口醤油のようにあっさりした性格の日本人である私は、オリーブ・トマトソースぎとぎとのラテンおばさんの中では薄められてしまう。おばさんたちの信仰と渾然一体になった欲望と情念の熱気流に私のささやかな祈りは吹き飛ばされてしまい、マリア様は私の方を見てくれてはいないようだった。

「うーん、期待に反して元気出ないなー、やっぱ私は比叡山の方が感動するなー」とか不届きな事を考えつつ、下界に下りるロープウェーを待つ間、黒いマリア様の絵葉書でも買おうとみやげ物屋に入ったとたん、「あーっ」と立ちすくんだ。その時ちょうどお店の中に流れていた音楽が、例の胡弓奏者の歌ってくれたあの聞き覚えのあるメロディー、私があれほど探し回っていた歌だったのだ。店員さんに聞くと、30種類ほどの修道院のCDの中から1枚しか残ってないそのCDをさがし出してくれた。(そのCDは、私が子供の頃聴いていたのとは別の新しい2002年の録音のものだったが・・・) CDの解説によるとその歌には「聖なる都の女帝」と言う題がついており、これはもちろんマリア様の事を指している。

何だかこの偶然を、不届きな日本人にも平等に愛を注いでくれるマリア様または太古の地母神の恩寵のように感じながら山を降りたのだった。

機会があれば、次はモンセラート山の宿坊の小部屋でひとり一夜を過ごすのも良いなとか考えている。岩山と修道院が完全に闇に包まれた時に、その中にとどまって居たいような気がするのだった。あのロープウェイにはもう二度と乗りたくないので、どうやって山頂までたどり着くかが問題ではあるが。

清川理一郎 著
キリストと黒いマリアの謎−異端・自由思想・ラテン系フリーメーソン
彩流社 2200円(税込)

The Black Madonna
レーベル: Naxos
1340円 (税込)

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