この狭いアパルトマンで暮らし始めて10年以上が経つが、最近になってようやく、住まいとしてのこの場所に、すこしだけ目を向けるようになった。
「最近になってようやく」と書いたのは、比較的最近まで自分にとって、アパルトマンは夜遅く仕事から帰って、冷蔵庫から出したものをがーっと掻き込み、ばたっと寝るだけの場所だったからだ。週末は、ジムや仕事で外出しない限りは、疲れきってベッドでぐだっとパソコンをいじったり本を読んでいたい。埃がたまってきたら掃除をしてあげる、植木がしなびてきたら水をやる、そんなかわいそうな私たちのアパートであった。貧乏男所帯と言う感じだ。
外に仕事を持つ人間にとっても家は1日の2分の1以上を過ごす場所なのだから、「これではいけない!」と思ってはいたが、改善するきっかけがつかめなかった。
きっかけの1つは、癌になって半年近く自宅療養をしたことだった。ベルギーの場合、長期の抗がん剤治療は入院ではなく、自宅療養しながら行う。自分の場合は、3週間に1度、抗がん剤の投与を受けに病院に行き、それから2週間余りは、殺虫剤が体中に回ったような状態でほとんど動けないが、2週間が経過した頃にようやく人間らしい気持になり、ものも食べられるようになってくる。本も読めるようになる。そうして今自分の住んでいる場所の荒れ果てた状態に気がつくと、昔の白黒の時代劇で見たような、あばらやで療養する労咳やみの女のすがたが、ぴったり自分に重なった(笑)。「こんなひどい場所に長年住んでいたら、癌になるのも当然じゃ!」と思って愕然とした。そこで、起き上がれる日には、少しずつアパートをきれいにするように心がけた。
そうやって、自分の住まいとの「おつきあい」を再開し、それに注意をはらい始めると、狭いアパートの中で、死角のようになっている場所、つまり自分がほとんど足も踏み入れないし、注意も払わない場所と、食事をしたり寝るために便宜上いつも使う場所があることに気づいた。このアパートの中でいつも自分が使ってるのは、ダイニングテーブルとベッドとバス・トイレだが、それ以外の場所は自分にとっては存在しないも同じだったのだ。そして、いつもいる場所は、かならずしも自分が居心地がいいと感じる場所ではないことにも気づいた。
たとえば、抗がん剤投与後はしばらく高熱が続くのだが、そういう時はベッドにいるのがつらくなり、いつも、南の窓際に置いてある小さなソファーに体を丸くして横になると、すっと気持ちがさわやかになり体も楽になるような感じがするのだった。そのソファーは、健康な時には自分がその存在すら忘れており、ほとんど物置のような状態になっていたソファーだった。
病気により体が敏感で正直になると、自分と親和力のある場所を体がひとりでに見つけるようなのだった。(このことに思い当った時、カルロス・カスタネダの本の中に「家の中で自分にとって一番いい場所を見つけろ」とドン・ファンが言った部分があったように思い、カスタネダの本を本棚から全部引っ張り出して探してみたのだが、例によってそのページは見つかりませんでした。)
さて、
前回、夏の間週末旅行で行き先を決める時に、風水で方角を選んでえいやと決めると書きましたが、そのために風水のサイトなどを見ているうちに、家の中にも風水上良い方角と悪い方角があり、自分にとっての良い方角は、どうもアパートの中で自分が「気持ちいい」と感じる場所と一致していることに気がついた。先程も書いた通り、自分が気持ちいいと感じるソファは、アパートの中心から見ると南側にあり、風水でも南は自分にとって「吉方」なのだった。
さて、風水で言う大吉方はと言うと、南東と書いてある。つまり、アパートの中心から南東の部分は、自分にとって良い影響があるらしい。でも、南東は物置と廊下とバスルームしかない。バスルームにいつもいるわけにもいかんし・・・と思っていると、はたと気がついた。
ソファー以外に完全な死角になっていたのが、この南東の廊下にあるデスクだった。このデスクは、昔ジャンおじさんからもらいうけた古いデスクで、このアパートに引っ越した時からなんとなく(笑)廊下にあって、引出しに物を入れたり、床の間みたいに植木鉢を一つ飾ってあるほかは、ほとんど無用の長物と化していた。
自分は、これまで自分のデスクがなく、亭主のグリのデスクを貸してもらったり、ダイニングテーブルやベッドの上にラップトップPCを広げて、仕事をしていた。食事の時間になるたびにPCを片づけたり、ベッドの上で起き上がるたびにPCを動かしたりという面倒をしのぎつつ、「廊下に置かれたままじっと出番を待っているデスクを使えばいいじゃん」、ということに10年間気がつかなかったのだ!
じぶんにとって廊下は、アパートのある地点から別の地点、ダイニングテーブルから玄関、ベッドからバスルームに行くために通過する場所でしかなかった。それが、デスクの前に椅子を1個置いて座ってみると、とつぜんそれが大変に居心地の良い自分の居室に変わった。
このアパートは、リビング・ダイニングの大きな窓が南西に面しているので、夏の午後はものすごい日差しで暑くてたまらず、少し涼しい寝室に退散すると言う不健康な状態が続いていた。ところが、廊下に座ってみると、ここがキッチンの裏口の扉から入ってくるひんやりとした風が、南西の窓に吹き抜けていく風の通り道であることに気がついた。かなり暑い夏日でも、肩を出していると肌寒いくらいだ。お陰で、この夏は自宅にいながら実に快適に過ごすことができた。
それから、これまで自分は個室がなく、狭いアパートで一人になれるのはトイレの中だけであることをひそかに嘆いていた。亭主のグリがいつも力いっぱいテレビとラジオを早朝から夜中までつけているので、集中して何かをするのが難しい。夜眠るときはアイマスクと耳栓などで解決したが、週末ずっと耳栓をしていたら中耳炎のようなものになりかかってしまい、あわててやめた。だから、週末仕事やブログ書をするためには、会社まで行ってやっていた。それが、廊下に座りリビングとの境のドアをぴったりと閉めると、一応個室になる。夜中にグリが寝ている間に急にパソコンを使いたくなる時も、彼を起こさずにパソコンを使うことができるのだった。
自分にとっての今年最大のディスカバリーは、これじゃないだろうか?と言ってしまうと、なんだかしょぼい気もしますが。でも、この南東の個室で週末や夕べのひと時を過ごすようになって以来、何故かとっても調子が良いのだ。
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