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ヴィパッサナー瞑想合宿 2008年秋 (2) 何げなく手に取った本

先週のS.N.ゴエンカ氏の瞑想合宿の影響下にまだいる。

何気なく手に取った20年以上前の愛読書の中で、ジル・ドゥルーズが「英米文学の(フランス文学に対する)優位性」と題する章で、英国の作家トマス・ハーディに言及して言う。

「彼の登場人物たちは人でも主体でもなく、強い感覚の集合であり、各々がそのような可変的感覚のひとつの寄せ集め、一つの包み、一つの塊である。(・・・)それは個人そのものがフランス流に一つの人格として把握され、人格として認められているからではなく、まさにその反対に、自らをそして他の人々を、多くの『一回かぎりの偶然』−一つ一つの組み合わせが引き出されてきたような一回限りの偶然−と見るからである。主体なき個別化。そしてそれらの強い感覚の包み、それらの寄せ集め、あるいは組み合わせが、運、不運の戦場を走り抜け、その戦場で彼らの出会い、時には死や殺人にまで至る不幸な出会いがなされるのである。ハーディーはその実験的・経験論的世界に一種のギリシャ的運命を喚起する。個々人、いくつもの感覚の包みが、荒野の上を走る、逃走の線または大地の非属領化の線の如くに。」(ジル・ドゥルーズ、クレール・パルネ「ドゥルーズの思想」p.64)

前半はまさにゴエンカ氏の講話と同じではないか。20年ぶりに手に取った本、開いたページにこの文章を見つけたことが、不思議だなあと思う。

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呼吸と瞑想の日々 (3)

9月3日(月)から9月24日(日)は、ひたすら睡眠の質の向上に注力した三週間だった。仕事が忙しく夜中までオフィスに残る日々が続いたが、睡眠に気を配ったお陰かあまり疲れずに三週間を乗り切ることができた。

睡眠の質の向上が課題になったのは、最近になり、薬の副作用なのか、四十肩の痛みのせいか、毎晩夜中に必ず眼が醒めるようになってしまったためだ。浅い眠りを繰り返し、翌朝ふらふらになって仕事に悪影響が出るのをなんとかしたかった。いくつか試した睡眠薬の中で、一番翌朝がすっきりするのはSTILNOCTという小さな錠剤だが、常用しているとアルツハイマーのリスクが増すとテレビで言っていた。体がぼろぼろになっても、脳みそだけは死ぬまでクリアでいたい。

そこでインターネットで「熟睡」とか「快眠」とかのキーワードを検索すると、どのサイトでも共通して言っているのが、「睡眠の4時間前までに食事を済ますこと。就寝間際の食事では、内臓の働きが活発になり、寝つきが悪くなります」と言うことだった。そんなわけで、思い切って、人と約束があるとき以外は夕食をとるのを一切やめてしまった。そのかわり、朝と昼を少し多めに食べることにする。そうすると、夜になってもあまりおなかが減らない。たまに空腹のときもフルーツとチーズを少しだけとるだけに留めた。すると確かに寝つきがいい。翌朝もすごくしゃっきり眼が覚める。これは、来期(10月1日からの3週間)も続けて徐々に睡眠薬の頻度を減らしていこう。

この期間、瞑想は毎日できなかった。仕事が忙しく夜中に帰宅してすぐ就寝し、朝は最低限の運動をして出社すると言う日々が続いたためもある。あと、言い訳のようですが、瞑想合宿に参加した頃から始まった空咳がだんだんひどくなっており、しかも座って目を閉じると余計にひどくなる。そこで、母親が以前送ってくれたヤング・リヴィングという米系の会社の植物のエッセンシャル・オイル(アイダホバルサムファーという松の葉と枝、ローズウッド、フランキンセンスから抽出したワイエル・ビリーブというまるで森の中で樹液をかぐような匂いを放つオイル)を首や胸に塗って、瞑想開始後しばらくの間は咳を刺激しないよう微細な呼吸を続けながら、自分の息の出入りに注意するという方法を続ける。これが今のところはなかなか効いているが、やはり咳への恐れが集中を妨げる。

こんな中で、週末や少しのあき時間を利用して、アケミさんが貸してくれたアメリカの犯罪小説2冊と、以下数冊の本を読んだ。

服部正明「古代インドの神秘思想―初期ウパニシャッドの世界」(講談社学術文庫)
これを読んだのは、仏教が生まれる前の古代インドの思想について自分が何も知らないことに気づいたからだった。ヴェーダ文献の付録を成す一連のウパニシャッドと呼ばれる文書は、その後のヒンドゥー教の基盤を成すのだそうだが、ヒンドゥー教が人格神を持つのに対し、初期ウパニシャッドは、「絶対者(ブラフマン)=自己(アートマン)との合一体験」を通して「日常的な自己とそれが経験する世界とは、虚妄のもの、幻影に過ぎないもの、苦に満ちたもの」(p.36)であることを知る。なあんだ。仏教の三法印― 無常(アニッチャ)、無我(アナッター)、苦(ドゥッカ)の基盤は、お釈迦様以前のウパニシャッドのなかにすでにあったんだ。長い間積んであった本だが、仏教を理解するために役立ちそうなので引っ張り出してきたのだが、正解だった。

廣松渉+吉田 宏晢「仏教と事的世界観」(朝日出版)
これは誠に面白い本だった。西洋近世哲学と仏教思想の研究を専門とする吉田 宏晢が仏教につき講義し、「事的世界観」を説く哲学者廣松渉が引っ掻き回す・・・というような酒を飲みながらの楽しい対談だ。これも昔読みかけてから長い間積んであった本だ。当時は吉田の使う難解な仏教用語に辟易してとても面白いなどとは思えなかったのだ。今回は、初期仏教の本とエックハルト・トールを読みながら自分が最近ずっと悩んでいた「無我」の概念に対する疑問にぴったり答えてくれた。本には、本当に読まれるべき時というのがあるらしい。

廣松渉「もの・こと・ことば 」(筑摩書房)
この後、上述の対談にしばしば現れる「事的世界観」ということに興味があり、これを読み始める。先月読んだ精神病理学者木村敏の「「時間と自己」が拠り所としている本でもある。でも、「与件」「能知」「即自的」「対自的」と言うような哲学用語を知らない自分にとっては、まるで暗号文を読むようだ。ただ、暗号が必要なことはわかる。暗号を用いる事により長い長い話を短くまとめることができる。暗号をいったん正確に理解してしまえば、暗号文の方が暗号無しですべてを説明しようとした文よりも、ずっと簡単なのだと言うことなのだろう。哲学用語時点を探して、来月からはこの本を少しずつ読む事にする。

河合隼雄・中沢新一「ブッダの夢」(朝日新聞社)
これはジムの待合室やスーパーのレジで列に並んでいるときなどに何度も読み直している、大好きな本だが、仏教に関する知識が最近少しは増えたので、その観点からもう一度全部読み直した。上述の廣松渉+吉田 宏晢の対談が、酒を飲みながらとはいえ、ヨーロッパの哲学の実体主義の行き詰まりに突破口をもたらす仏教思想の関係主義という真面目な(?)議論に集中しているのに対し、こちらの方はさらに自由で、中沢新一自身の言葉を借りれば「あんまり本気にすることはできない」(p.11)ものかもしれない。例えば、こんなくだり・・・。
「中沢 (・・・)華厳経のほうは(・・・)この世界の複雑さはどのようにつくられているかということをテーマにする、無の世界の複雑性を言っています。(・・・)僕は仏教では、科学と宗教なんて対立しないと思います。
河合 (・・・)しかし、対立しないから科学は出てこないでしょう。
中沢 (・・・)キリスト教がなぜ対立したかと言うと、あれは、神様が世界を創ったと言っちゃったからでしょう。
河合 だからキリスト教の中からは近代科学が出てくるんですね。(・・・)近代科学は、キリスト教以外から出てきそうもないもので、仏教からは近代科学は出てこない。
中沢 そうですね。あれは、やっぱりキリスト教と言うものはお母さんを否定するために、あの神様は自分を父親のふりをして、俺がみんな世界を作ったって言ったからですね。それで科学はそれに断固反対して・・・。(・・・)エディプス・コンプレックスですね、あれは。親父は神様で・・・。」

ところで、「ブッダの夢」以外の上述の一連の仏教・哲学本は、自分にとっては弟、つまり家族のような存在になってしまったクチナくんの蔵書の一部だったものだ。クチナくんは10年以上前パリ大学にロオトレアモンに関する修士論文を提出後、優秀な成績を得て日本に帰国した。その時、パリのアパートで4年間ヘビーな喫煙のスモークに絶え間なくさらされた膨大な蔵書を全部置いて行ってくれた。真黄色になった蔵書の半分も、自分は読みきれていない。

そのクチナくんが、ほんとうに久々に電話をくれた。日本時間の4時ごろで、あいかわらず酒びたりだ。 声が以前よりさらに小さくなったみたいだ。このままだんだん人生からフェイドアウトしていきそうな声。(失礼) 私がヴィパッサナー瞑想を勧め、禁酒の歓びを説くと、どす黒いしゃがれ声で「禁酒?無理だな!」とひとこと言った。でも、悪人正機と言うしね。(笑)

私は、その日ちょうど、クチナ文庫の1冊であるソルジェニツィンの「イワン・デニーソヴィチの1日」を生まれて始めて読んだ所だった。極寒のラーゲルでのイワン・デニーソヴィチ・シューホフの厳しい一日を描いたこの小説の終わり方はこうだ。

「シューホフは、すっかり満ちたりた気持ちで眠りに落ちた。今日一日、彼はすごく幸運だった。営倉へもぶちこまれなかった。自分の班が《社生団》へもまわされなかった。昼飯のときはうまく粥をごまかせた。班長はパーセント計算をうまくやってくれた。楽しくブロック積みができた。鉛のかけらも身体検査で見つからなかった。晩にはチェーザリに稼がせてもらった、タバコも買えた。どうやら、病気にもならずにすんだ。
一日が、少しも憂うつなところのない、ほとんど幸せとさえいえる一日がすぎさったのだ。

こんな日が、彼の刑期の始めから終わりまでに、三千六百五十三日あった。
閏年のために、三日のおまけがついたのだ・・・・」

刑期が終わっても、囚人は故郷に帰り家族の元に戻ることができないことは分かっている。更に遠い北の果てに追放されそこで一生を終えるのだ。10年前、母親の病気などで口には出さねど存在論的な不安に震えていた自分に、クチナくんは「イワン・デニーソヴィチの1日」を読めと言った。そして、「1日1日をたんたんと地道にこなしていくことだけが救ってくれる」と。それから10年、「イワン・デニーソヴィチの1日」は読まねど、めげそうになるといつもこの本の事とクチナくんの言葉を思い出してきた。

けっきょく人生と言うものも、シベリアの刑期のようなものではないか? この中で、人は自分の能力を始め利用できるすべてのリソースを総動員してベストを尽くすしかない。そうすることの中に、楽しみや歓びを見つけていくのだ。エックハルト・トールの言う「今のパワーにつながる」ことも、これにつながるような気がする。

クチナくんからの電話の少し後に、ミャンマーの僧侶達が軍事政権に対し抗議のデモを開始した。ミャンマーは、7月に自分が参加したヴィパッサナー瞑想を釈尊から継承し発展させた国でもある。僧侶は4万人、軍隊もほぼ4万人。でも僧侶達の勇気が民間を巻き込んで、デモ隊はさらに大きく膨れ上がった。天安門事件の苦い教訓を持つ中国は、1988年の悲劇を繰り返すなとミャンマー政府を諭したが、政府は武力によってデモ隊を鎮圧した。死傷者の数はよくわかっていない。デモ隊は拘束され解散されたと言うが、それは世界中を動かし、ミャンマーの政権批判があらゆる所で起こっている。合掌。

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