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コーチングの達人

先日、ここブリュッセルに住んでいる長さが、生まれてから今日までの時間の半分を超えてしまったことに気がついて、ぞっとしました。色々大変なこともあり、東京に住んでいたら遭わないようなひどい目にもずいぶん遭った気もするが、総合してみるとブリュッセルに住めてとても幸運だったと今では思っている。

幸運のひとつは、多分東京に住んでいたら決して知り合うチャンスもなかったような多様な会社の多様な立場の日本人駐在員の人々と、同じ異国に住む日本人と言うだけの理由で親しくお話ができるチャンスが与えられたという事だろう。

特に、当時あるメーカーのベルギー販社の社長さんとして駐在されていたスギウラさんからは、知らず知らずの内に多くのことを教えていただいた。・・・と言う事に気付いたのは、その後、自分が仕事の中で直面した様々な困難な局面で、スギウラさんの言葉を思い出し、そのおかげでピンチを切り抜けることができた時だった。

たとえば、日本の前衛音楽家のグループがニースの国際前衛音楽祭に参加する1週間の間、通訳を務めたことがあった。その中で、若い2人の日本人女性のグループのコンサートが大変な好評をはくし、音楽祭の最終日になって、急きょアンコールコンサートをすることになった。ピアノの椅子を調達しなければならず、音楽祭の事務局長に頼みに行った。ところが、同じ時間に別のホールでアメリカの有名なミニマリスト作曲家テリー・ライリーがコンサートをすることになっていた。事務局長は、にべもなく言った。
「椅子は1台しかないんだ。でもそれは、テリー・ライリーが使うからね」
「・・・でも」
「テリー・ライリーがその椅子を使うか、彼女たちが使うかだ」
この論法にまきこまれてしまうと、椅子をあきらめるべきなのは無名の彼女たちだと言う事は明らかだ。1秒ぐらいの間、私と事務局長は睨みあった。

その時、スギウラさんがいつか言った言葉を思い出した。
「こちらの要求を言い続けても押し問答になるだけなので、こちらからも別の解決策を示してあげないとね・・・」
スギウラさんは自分のビジネス体験のエピソードを話した後に、こう一言付け加えたのだった。

そこで、
「何か椅子の代わりになるものはありませんか?」
と言ってみた。すると、事務局長ははっと救われたような顔になって、すぐ椅子の代わりになる台をさがしに走ってくれた。

今でこそヨーロッパ人のこちらを袋小路に追い込むような論法には慣れているが、当時の私はそんな知恵もなく、スギウラさんの有難い言葉を思い出さなければ相手の論法にまきこまれて退散するだけだったろう。これは他愛のないエピソードだが、それからもこの時の教訓(議論が行き詰った時、そこからちょっとずらして全く別の解決策を提案してみると言う方法)が色々な局面で自分を救ってくれたように思う。

***

今振り返ってみると、同年代ですでに大人のような責任感と目的意識を持ち、場の空気を読み、人の心理を素早く読む気転と思いやりのある友人もいたが、当時の自分はそれとはほど遠かった。心の中から何か強烈に引っ張られるものがあって、そして、それに引きずられるように外部の状況が全て応援してくれて、まるで大きな波に押し出されるようにベルギーに一人来てしまった自分だったが、ほんとうに子供だったし、正直言うと何をどうしたいのか漠然としか分かっていなかった。(今も完璧とは言えませんが、当時よりはましです。)

そんなぼんやりした私を、スギウラさんは時々レストランに連れて行ってご馳走してくださったのだが、お食事をする間、きっかり前半は自分のビジネスの話、後半は「まりあさんのビジネス」の話を聞いてくれるのが常だった(前後の順番は逆だったかもしれない)。「ビジネス」と言っても、どこか必死さに欠ける所があって、とりあえず自分にできるのは語学だけだったので、通訳なんかをして日銭を稼いでいるだけの自分の話を、スギウラさんはいつもじっくりと聞いてくれた。

そんな私に、「お金」の概念を始めてインプットしてくれたのもスギウラさんだった。
「今いくら稼いでいる?」
こんな質問をする人は当時の私の周りには全くいず、スギウラさんが初めてだった。
「○○○○○○です」
「手取で?」とスギウラさんが鋭く訊く。
「いいえ」
「少ないね。税引後で○○○○○○位はかせがないとね」
「○○○○○○ですか・・・」

その後ずいぶん長い時間が経ったが、現在に至るまでスギウラさんがおっしゃった「○○○○○○」という数字がいつも心の片隅にあり、ニンジンを追いかける馬のようにそれに向かって走ってきた自分だった。

****

そのスギウラさんから今月、突然連絡をいただいた。今は定年退職されて、新進の会社のアドバイザーとしてベルギーに市場調査に来られるというのだった。

久々に再会したスギウラさんは、自分の話をされる時の静かな話しぶりも、こちらの話をじっくり聞いてから時々投げる鋭い質問も、本当に昔のままだった。

昔と違うのは、当時ビジネス一辺倒だったスギウラさんが、そのために捨てたり無視したりしてきた何かをそっと拾い上げ、ひとり向き合っていらっしゃるらしいと言う事だった。

「その後の積もる話」をお互いに話すうちに、スギウラさんがふと訊ねた。

「まりあさんがそんなに頑張れたのはなぜだったんでしょう?」
「えっ? あの〜、私はスギウラさんがおっしゃった『税引後で○○○○○○位はかせがないとね』という言葉がずっと心に残っていて、それを目標に頑張ってきたのですが・・・」

するとスギウラさんは、
「自分がそんなことを言ったのは、当時のまりあさんが、とても生活が苦しそうだったので鼓舞するためだったんです」
と意外なことを言った。

確かに今思えば当時の収入は少なく、家具や服とかも買うお金がなく、若い娘のくせに人からもらったり古物屋でしか買えないような生活をしていたのだが(笑)、やっぱりそう思われていたのか〜。

(ちなみに当時スギウラさんが言った金額は、ユーロ導入前のベルギーフランの金額だったのですが、この間ふと思い立ってユーロに換算してみたら、ちょうど今の自分の税引前給与額であることがわかりました。でもベルギーの高い社会保障費と税金のせいで手取額は半分に目減りしてしまいます。定年までに税引後で○○○○○○という目標に達するためには、自分の税引前給与額を今の倍にしなければなりませんが、スギウラさんとの約束を果たすためにがんばってみます。)

****

最近、クライアントの本音を理解したり、職場の後輩たちを指導したりするのに苦労して、最近はやりの「目からウロコのコーチング―なぜ、あの人には部下がついてくるのか? 」という本を読んでいた時、コーチングの鉄則、
 ゞ縮と共感をもった傾聴
◆〃茲靴銅分の主観からの短絡的な結論を押し付けない
 的確な質問
を、「コーチング」なんていう概念が普及するはるか前から、スギウラさんが自然に実践していたことに気がついて、おどろいた。

この´↓をコーチが実践することによって、コーチされる人間は、コーチとの対話の中に自分の中にある答えに導かれていく。その時コーチに必要なのは、コーチされる人間が絶対に正しい答えを心の奥底では知っていると言う、信念だと言う。

コーチングの中で一番むずかしいのは、やはり△鉢だ。,泙任蓮意識すれば、形の上では誰でもできると思う。でも、△痢崋分の主観からの短絡的な結論」を押しつけたくなる誘惑に勝つのは大変に難しい。そして、の的確な質問をするのは更に大変難しい。

△鉢が多くの人にとって難しいのは、誰も人の話なんかに本当には興味を持っていないからだと思う。でもスギウラさんがそれを自然に実践できていたのはどうしてなのだろう。

前述の通り、コーチングによってコーチされる相手は、コーチとの対話の中に自分の答えを見出していく。今回お会いした時も、自分の瞑想の話をしていて、スギウラさんがまさに´↓のステップを踏んで、でかなり鋭い質問の連射をされ(笑)、自分はなぜ自分が瞑想しているのかを深く考えることになってしまった。

その結果、自分が瞑想をしている意味と、スギウラさんが四国八十八か所の巡礼を遂行した意味(と言うか方向性)がかなり違っていることが、スギウラさんの鋭い質問のお陰で最後に分かったのも収穫だった。

スギウラさん、有難うございました。お陰様で深い対話の端緒になりました。



カモにならない投資術―人生後半からの負けないお金哲学

冒頭でジョセフ・キャンベルの言葉が引用されている。「お金は一種のエネルギーである。」 

愛情は一種のエネルギーの流れのようなもので、愛情を沢山与えられた者が、人に対しても愛情を沢山与えられるような気がすると主人に言うと、はたと膝をたたいて「経済モデルのようだね」と言われた。逆にお金も、一種のエネルギーではないかと思うことがしばしばある。

たしかに、自分のエネルギーが衰えていると感じるとき、心理的または実質的にお金がエネルギーの代わりをしてくれる、と言うことがある。落ち込んでどつぼにはまっているとき、思いがけない収入によってはずみがつき、気分的な落ち込みから一気に抜け出せるときもある。

歩いてどこぞにいく元気がないとき、バスに乗る元気もないとき、タクシーに乗るということがある。あとになってお金を無駄にしたように思い悔やむが、お金は減るがエネルギーを節約でき、そのエネルギーを新たな投資に向けられたのである。逆にけちに徹するあまりお金はたまったが、それに見合わぬ大きなエネルギーを失っていると言う場合もある。減ったお金と得られたエネルギー、消費されたエネルギーと稼得されたお金を総合して収支のバランスをみることが必要だ。お金だけが増えていたとしても、その他の自分の知識や能力を含む有形無形の資産、エネルギー、すべてをバランスシート上に載せた上で、黒字になっていないと意味はない。

こんなことに最近始めて気がついた。でも良く考えてみれば全然すごいことでも新しいことでもない。簡単なことばで言うと、「損得勘定」というものだ。商売をやっている家で育った子供には自然に身についているセンスだろうが、サラリーマンの家に育った自分にはそういう自然の教育の機会は与えられなかった。今の職場で初めて複式簿記というものを知り、その精緻な構造に感動し、ようやく「損益」とか「貸借」と言う切り口で、物事や自分自身を評価する方法があるということを学んだのだ。

わたしはお金とは無縁の生活を送ってきた。無縁と言うのは、お金が全くないと言う意味ではなく、良くも悪しくもお金のことをあまり考えずに暮らしてこれたという事だ。

お金のことを考え始めると、まるで神様が仕組んだかのように、お金のことを考えなくさせるような状況が発生する。一見良さそうに見えるが、良くも悪しくもと書いたのは、お金に困った時に救いの手が伸びてくると言うだけではなくて、思いがけぬ収入があって「さてこれを元手に投資でもするか」と欲を出し始めると、とつぜんアパートの風呂場から階下に水漏がして、それがちょうど保険でカバーされない場所にあって、その思いがけない収入とほとんど同額の修理費を負担しなければならないというようなことが起こる。

こんなことが何度も続くと、お金がなくても必死にならないかわりに、熱烈にお金を儲けたいという気もしなくなる。そんなこんなで、わたしの預金通帳のバランスを平均すると限りなくゼロに近い。

わたしにとってのお金とはまるで旧約聖書の出エジプト記に出てくるマナである。

そんなわたしが、この本を読みたいと思ったのは、前述の通りお金も一種のエネルギーではないかと思うようになったからだ。もうひとつはお金と言う自分の苦手分野を克服して、自分のうつわを広げたい(「うつわ」ついては林貞年「催眠誘導の極意」のページ参照)と思ったということがある。これまで自分の幸福を考える上で、お金と言うパラメータを極力除外してきたような気がする。お金について真剣に考えたことがなかったのだ。ただし、お金もこの世の現実のひとつである限り、それに捕らわれないにしても、避けて通るのはおかしいのではないか。そんなことで、ベストセラー「セレブのルール」の著者 榊原節子さんの書いたこの本を、「人生後半からの負けないお金哲学」と言う副題に惹かれて買った。

さて、前置きが長くなってしまったが、私のようなお金音痴にもわかるような語り口で、具体的なエピソードを沢山交えながら説明してくれているので面白い。また、ジョセフ・キャンベルの言葉などが随所に引用され、著者の高い教養が伺われる。単なる金儲けの実用書とは違い、もう少し高踏的な場所からお金と社会を見渡している著者の視点が気持ちが良い。

榊原節子 著
カモにならない投資術―人生後半からの負けないお金哲学
太陽企画出版 ¥1,470

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