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サブリミナルCDの効果

(前回・前々回のブログに書きました)苫米地英人の「人を動かす [超] 話し方トレーニング」には、CDの付録が付いていた。 ビジネス本には付録の講義CD等がついていることが多い。今回も苫米地先生が話し方について講義するCDかと思ってよく見ると、サブリミナル信号を埋め込んだ音源だと言う事だった。

著者が脳機能学者で脱洗脳の専門家でもあるということなので、もちろんサブリミナルの科学的なメカニズムについてもよく研究しているのでしょうが、本気のビジネス書として本書を読んできた自分は、とつぜん論理学の教科書に、女性週刊誌のオマケにくっついているような幸運を呼ぶオカルト・グッズが付録になっているような唐突な感じがした。

この唐突な感じは、どこからきているかと言うと、CDに収録されているのが4つの美しい楽曲で、それぞれ、
 ‐霪阿鬟灰鵐肇蹇璽襪垢
◆〇弭佑涼蠑歸戮高まる
 IQがアップする
ぁ[彎豐供Ε薀檗璽覿化/無意識に働きかける禁断の音源
という題名がついていながら、そのメカニズムに関する説明が何もないからだった。

本の内容が丁寧で論理的なのに、CDの方がいきなりぶっ飛んでいるように思えたのだ。

ともあれ、落ち込んでベッドにへたばっていた自分は、3日間このCDをずっとかけっぱなしにしていた。YAUKOというミュージシャンの作曲し演奏するとても美しい音楽のせいか、先生が埋め込んだと言う複雑なサブリミナル信号のせいかは定かではないが、聞いているととても気持ちがいいので眠る時以外はほとんどずっとかけていた。

 銑い慮果が得られたかどうかは定かではないのだが、ひとつ言えたことは、これをかけている間ブログをむしょうに書きたくなって(投稿日をご覧になると分かると思うが)、これまで月1回の更新がせいぜいだった自分が3日間に7個も記事を書いてしまったと言う事だ。今書いているので8個目だ。

しかも、自分は苫米地英人のファンだと言うわけではなく、まわし者でもないのに、8つのブログ記事の半分は、苫米地英人の本を買えと言わんばかりに、アマゾンのリンクをそこらじゅうに貼りつけた記事である(笑)。この脳機能学者はいったいどんなサブリミナルメッセージをCDに埋め込んだのでしょうか?

ところで、世に出回っているサブリミナルCDの効果について、2ちゃんねるで人々が何と言っているかを見てみた。今のところ苫米地先生のCDの効果についての発言はほとんどないが、「薬奏」というシリーズは効果があったという発言がいくつかあった。You-Tubeで抜粋を聞くことができます。確かにきもちいい。




JUGEMテーマ:夢・目標


イメージの力

じぶんにとってたぶん今年最も重大で印象的な出来事は、じぶんのごく身近な人(毎日一緒に仕事をしていた同僚)が、突然、見事に大きな夢を実現させてしまったことだろう。今年はまだ5か月も残ってますが、どうせこれよりすごいことはないでしょう(笑)。

手前みそになるかも知れないが、幸運なことに、自分の同僚や上司はみな、努力家でポジティブシンキングな人ばかりです。一緒に仕事をしながら、ずいぶん勉強になることが多い。私よりかなり年下の彼女、Cちゃんもその一人だった。

ちょっと荒削りなところもあるが、とにかく仕事が早い。完璧にゆっくりやってもらうよりも、急いで結果を出してもらいたいとき、彼女にお願いして「1日ぐらいかかるかな?」と思っていると、ほぼいつもこちらの予想の3分の1ぐらいの時間でやってくれる。

集中力があるし、なにしろ若いので(笑)頭の回転が速いのだ。

そんな彼女でも、入社当時から「自分のやりたいことがわからない」と言っていた。能力がある人なので、「やりたいことが分かった暁には、すごいだろうな」と思いながら、文字通り老婆心から少々心配でもあった。

それが2年前にはじめて「やりたいこと」に出会った。それは、とある南の島国に住むことだった。その島国の名前はここには書けない。だれもが知っている国ではあるが、おそらくメジャーな観光地でもなく、日系企業の投資もなさそうで、日本人が住もうとはあまり思いそうにない島だ。島の名を書いたら、これから書く話を元にCちゃんの身元がすぐに割れてしまう。

2年前の休暇にその島を訪れたCちゃんは、その島とそこに住む人々に一目ぼれをしてしまった。オフィスに戻った彼女は、日焼けした顔を輝かせて、その島に移住したいと思っていることを言い、「やっと自分のやりたいことが分かって嬉しい」と言った。

その後休暇を見つけては、数回この島を訪れたが、彼女の最初の印象は変わらなかった。

さて、私と彼女のデスクは、向かい合うようにはす向かいに置かれているのだが、各デスクは正面と側面をボードで仕切られているので、座っている人の真後ろに回り込まないと、相手が何をしているのか、机の上がどうなっているのかを見ることはできない。

ある日、彼女に何かお願いしようと彼女の背後に立った時、彼女のデスク周りの仕切りを見て、ぶったまげてしまった。仕切りの壁や棚の上に、その島国の地図、島国の住民と思われる人の古い顔写真、その島国にあると思われる弊社の(笑)現地法人の事務所の入口の写真。。。小さく仕切られたその空間が、島国のイメージで満たされていたのだ!

「あと5年ぐらいの内に夢を実現させたいですねえ」と彼女は笑って言った。

そんな時、突然、日本国外務省がいくつかの途上国の日本大使館に勤務する専門調査員の募集をしていることを知り、彼女はその島国の専門調査員のポストに応募する。はじめ、別の誰かが選ばれたのだが、その人がなぜかそのポストを辞退したために、彼女にチャンスが巡って来た。夢にまで見たあの島国に3年間勤務することができるのだ。

「すごいねえ。こんなに早く夢が実現するとはねえ。」
 と、驚き喜ぶわたしと同僚たち。
「あんなに、地図とか写真とかが壁中に貼ってあったもんねえ。あれみたとき、ぶったまげてしまったけど。」
 と笑う私に、
「あれ、それまりあさんに教えてもらったんですよ。写真とか絵とかをいつも目の前に貼っていれば、イメージの力が潜在意識に働きかけて、かならず実現するって。」
「げっ、ほんと?」
そう言えばそんなことも言ったかもしれないが、全然記憶にない(笑)。

もしそんなことを言ったとすれば、当時母親からもらった「幸せな宝地図であなたの夢がかなう―きっと! 今日から人生が変わる」という本の受け売りかもしれない。

そう思って、本棚の奥に押し込んであったその本をあわてて読みなおす。

この本はイメージを毎日眺めていれば実現すると言っているのではなく、そうすることによって自然に努力が持続し、チャンスに敏感になる脳を作りだすと言う原理のようだ。そして潜在意識にインプットしやすいイメージを作り出すための具体的なテクニックを挙げている。

わたしがあのとき彼女にこの本のことをしゃべったのは、「この彼女の願望はホンモノだ!」と直感したからだったと思う。だから、とにかく何でもいいから、彼女が少しでも早く夢に近づく助けになればと思ってそんなことまで言ったのだと思う。思いなおすと、先輩としてもうちょっとマシな、というか地に足のついたアドバイスができなかったものだろうかと我ながら呆れるが、いい加減なところがいかにも自分らしいアドバイスでもある(笑)。

彼女の夢が実現したのは、イメージの力だけのおかげではなく、もちろん彼女自身の力なのだ。もっとも重要なこと、そして、多くの人にとってもっとも難しいことは、夢を実現すること以上に、そもそも「自分が心の底からやりたいこと」を見つけることではないだろうか? それさえ見つかれば、イメージの力を借りなくとも、時間はかかっても、夢は自然に必ずかなう。(私の場合もそうだった。)

JUGEMテーマ:夢・目標

コラージュ療法(2) 無意識のメッセージの拡大装置

ユング派の学者、伊賀順子先生の元でコラージュのワークショップに参加する内に、いつのまにか精神的危機を乗り越え、コラージュを媒介としてシンクロニシティのようなことも体験した母親だったが、その他にもこんな面白いことがあった。

私が、とつぜん現亭主のグリと結婚しようと思い立った、2005年の10月のある土曜日のことである。グリにそう言うと「それもそうだな」と言う返事であった。そこで、「何はともあれケッコンユビワを買いに行かなくてはね。ちょっと近所のデパートで買ってくるから」と言って出かけようとすると、ショッピングが大嫌いで普段デパートなどに足を踏み入れたことのないグリが、「俺も行く」と言いながらどことなくいそいそとついてきた。

ところが、近所のINNOデパートの指輪売場には、アクセサリーっぽいデザイン指輪はたくさんあったが、いわゆる普通の結婚指輪がない。そこで隣町のアントワープのユダヤ人街に行くことにした。アントワープ中央駅のガード下はペリカンストリートと呼ばれていて100件以上の小さな宝飾店が軒を連ねている。土曜日(サバト)と言うのにどの店も開いている。どこも同じような店構えでウィンドウの品揃えも値札も似たようなものだったが、その内の一軒をさっと選んで、指輪も30秒ぐらいで選んで代金を払った。指が太いグリの指輪はまるでゾウさんの指輪みたいに大きかった。

ユダヤ人の店主は、10%ディスカウントしてくれて、無料で指輪の内側に二人の名前を刻んでくれた。ユダヤの星のマークのついた証明書もくれた。グリは店主に右手を差し出して「あなたが結婚の証人です」と言って握手した。「僕はクリスチャン、彼女は仏教徒なので、ユダヤ教のあなたが証人になってくれると丁度いい」と余計なことも言った。

家に戻ってくると母親から電話があった。いつものように早速、少し前に彼女が貼ったコラージュの話になった。それによると、今回は、クローバーが一面に生えた野原の写真、青磁の夫婦茶碗の写真、「悪魔のくちづけ」という映画の広告で若い女がたたずむ庭園の写真。母親は、この映画のストーリーを、「17世紀のイギリスでね、森を切り開き人工的な庭園を造ろうとする領主がいるんだけど、写真の女は、自然のままにまかせた方がいいって思っているの」と説明してくれた。

クローバーは、言わずもがなだがグリの母国であるアイルランドの象徴シャムロックだ。そして夫婦茶碗。でも、映画の方はどうだろう。後で調べると主演男優のユアン・マグレガーは残念ながらグリとは似ても似つかない美男であるが、スコットランド人ということなので一応同じケルト系である。それよりも、「自然のままにまかせたほうがよい」と言うメッセージを母親が伝えてくれたことにポイントがあるように思った。私は、母親のコラージュが結婚のことをぴったり予知しているようなのにびっくりして、結婚のことも指輪を買いに行った事もその日は言いそびれてしまった。

母親は、なぜか電話の向うで涙ぐんでいるようだった。

もともと直感と言うか、第六感というかがすごく強い母親に、自分は隠し事をしたり嘘はつけないと感じている。その母親にとって、コラージュとは、自分の瞬間的な直感や無意識からのメッセージを、拡大して定着させる「装置」として働いているのかもしれない。・・・まいったなあ。

後日談になるが、アントワープまで行って買った結婚指輪を、グリは1ヶ月もたたない内になくしてしまった。アパートの向かいのアイリッシュパブでいつものように友達と遅くまで騒いで帰ってきて、翌朝目が覚めたらもう指に指輪がなかったのだ。2人がかりで、アパート中をゴミ袋まで全てひっくり返して探したが、見つからない。なくし物をしたときは、私は易を立てる。「水の中にある。見つかりがたし。」と出た。ついにあきらめて、アントワープのペリカン通りの例の店に引き返した。「結婚指輪をなくしたあ?」ユダヤ人の店主はあきれていた。こんな客は初めてだったのだろう。仕方がないので、もう1回、同じデザインの金の指輪を今度は少しきつめのサイズを選んで買った。

その直後に、なくした指輪がひょっこり出てきた。冷蔵庫の野菜入れの中に落ちていたのだ。野菜入れの中は少し水で湿っていたので、易の通りではある。どうも酔っ払って帰ってきて、お腹がすいたのでサンドイッチを作ろうと野菜入れからレタスを取り出したときに、するりと指輪が指から抜け落ちたというのが真相らしい。

先が思いやられる気がしたが、「自然のままにまかせたほうがよい」と言う母親からのメッセージを信じることにしようと思った。さて、その半年後の2006年5月に自分は癌の診断を受けて、半年以上の治療を開始することになった。グリには貧乏くじを引かせてしまったような感じだが、彼は夫として献身的に闘病生活につきあってくれた。2007年3月に最後の放射線治療が終わって治療に一段落ついたとき、グリは友人の指輪職人にたのんで、野菜入れから出てきた余分な金の指輪と、昔買ったホワイトゴールドの指輪を溶かして2人分の指輪を作った。グリが考えたと言う指輪のデザインは正直言ってかなり変なデザインなのだが、内側には「2007年4月6日、放射線治療終了記念」と刻んである。

JUGEMテーマ:スピリチュアル


[コラージュ療法] ブログ村キーワード

コンフォート・ゾーンを抜け出す

前出のスティーヴン・コヴィー著「7つの習慣―成功には原則があった! 」は自分の好きな本ベスト5に入るが、ひとつだけ気になっていたのが、著者は、潜在意識の恐ろしい力を無視している(というのが言いすぎなら、少なくとも軽視している)のではないかということだった。

それは、上手く言えないが、たとえば同書の次のような部分を読むとき、そんな印象が強くなる。

ある時、著者は運動生理学博士である友人と一緒にジムに行く。友人は筋肉を強化するために、「血管が今にも破裂して飛び出すかに」思えるほど、執拗にバーベル上げを続ける。
「『なぜそこまでやるんだ』と、私は訊いた。
かれは、『運動効果のほとんどは一番最後にくる。私は筋肉を強化しようとしている。そのためには、筋肉の繊維が破れて神経がその痛みを感知するまで続けないとだめなんだ。そこまで続ければ自然の過補償が起きて、四十八時間以内にその繊維が以前より強化されるんだよ』と答えた。
それは、私には、よく理解できる話だった。これと同じ原則が、精神的な筋肉(忍耐など)にも作用している。自分の今までの限度を超えて忍耐し続けると、精神的な筋肉繊維は強められ、自然に過補償が起きて、次にはより強い忍耐を示すことができるようになるのである。」(「7つの習慣―成功には原則があった! 」p.437)

果たしてそうだろうか。たとえば、ダイエットをしようとして食事の量を減らした人は、自分の食欲に対する忍耐力がついていくのだろうか。食欲に反して食事の量を減らしたことのストレスが積み重なって、緊張の糸が切れたときに、大きなリバウンドが来て、かえって太ってしまうという話を聞いたことがある。心は、肉体のような過補償のシステムとは違う働き方をするんじゃないか。

また、潜在意識の大きなブレーキの働きにより、ジムに行こうという元気さえない人、ダイエットをしようとする元気さえない人、自己啓発本なんか手にとる元気もない人には、スティーヴン・コヴィーの著作は何の役にも立ちはしない。元気になりたいと意識は思うのだが、潜在意識の何かがブレーキをかけていて、彼の本を手に取らせない。スティーヴン・コヴィーの本は、すでに戦う元気のある人が、さらに元気になるために読む本であると言う気がする。

さらにこんな件り。
「では、この内的な安定性はどこからくるのだろうか。それは、他人が私たちのことをどう思うかとか、何を言うかとか、どう扱うかなどから、もたらせるものではない。ましてや、人から譲り受けた脚本に起因するものでもなければ、自分のおかれている状況や持っている地位からもたらされるものでもない。
それは自分の中から生まれるものである。つまり、自分の精神と心に深く根付いた、正確なパラダイムと正しい原則に従って生活することから、もたらされるものである。インサイド・アウトの誠実・廉潔、自分の習慣と自分のもっとも深い価値観を一致させた生活から、もたらされるのである。」(「7つの習慣―成功には原則があった! 」p.449)

まるで、人の意識が、「自分のもっとも深い価値観」が何であるかを知っているような言い方である。でも、潜在意識を含めたより深い自分の価値観を、意識はどうやって知ることができるのか。何をもって、「自分の精神と心に深く根付いた、正確なパラダイムと正しい原則」であると言えるのだろうか。

自分だって、「誠実」や「廉潔」が気持ちよいと思う。でも、これらの原則に従って生きるにはある程度のディシプリンと自己管理を必要とする。意識のテンションが必要なのだ。人間は矛盾する存在なので、原則からからはみ出るものは必ずあるはずだ。そんな負のベクトルを切り捨て、抑圧していくことによって、ストレスが生まれ、ある日大きな揺り返しがあるのではないか。それが、フロイトの時代のヒステリー症状になって現れたり、二重人格、三重人格という心の病気を生み出したり、プロウザックなどの精神高揚剤を手放せない多くのアメリカ人を生み出したのではないか。

スティーヴン・コヴィーは、「刺激と反応の間にはスペースがある」と言う。パブロフの実験の犬は、ベルが鳴るという刺激に対し、よだれを出すと言う反応をするよう脚本付けられてしまったが、人間は自由意志によりこの脚本付けを逸脱することができる。脚本付けは個人の一生の中でセットアップされたものもあれば、世代を超えてセットアップされたものもある。

「仮にあなたが子供の頃両親に虐待されたからといって、あなたもじぶんの子供を虐待する必要はない。心理学の研究によると、そうした脚本どおりの行動をする確立が極めて高いという。しかし、あなたには主体性があり、その脚本を書き直す力を持っているのだ。自分の子供を虐待するどころか、彼らを愛し、肯定し、彼らに良い脚本をあたえることができるのだ。」(「7つの習慣―成功には原則があった! 」p.477) 

この部分を読んだとき、本当に目が覚める思いがあり、前述の日本にいるクチナくんに興奮して手紙を書き送った。

クチナくんからはすぐに返事が来なかったが、それから1ヶ月ほど経った1998年3月19日にこんな返事が来た。
「最近僕はどういうわけだか妙に、今の自分と、二十歳くらいの自分とはどういう違いがあるのかなどということを、酒を飲みながら考えることがあります。OやTとも、この話題について話したりするのですが、二人はどちらかというと、やはり違っているし、段階的に進歩しているといった意見です。でも、僕が二人を見ていると、ある意味では変わっているようには見えないのです。(・・・)僕は、当時の「僕」と、今の「僕」との間にある同質性からは、逃れることが出来ないものがあるような気がするのです。
確かに、大学生の頃は、フランス人恐怖症とも云えるぐらいにフランス人、パスカル夫人,レゾンなどを恐れていたにもかかわらず、約五年間の留学生生活をおくったわけだし、その中では修士論文を書いたり、何人かのフランス人と知り合ったりしたし、知識だって多少は増えた。思考方法も若干でもより綿密になったでしょう。そして何よりも大きいのは、たとえ拙いとは言え、日本語以外の言語によって考えるという行為をしたことで、従来のものとは明らかに違った思考の筋道を体験したことです。
しかし、それでも今、驚くほど変わっていない自分を見出すのです。それは表現しにくく、思念というか、志向性というか、発想のメカニズムというか曖昧なものだけど、自分が存在し生きている状態のなかで、自分のコアのようなもの、そういうようなものを見極めると、まったく同じ自分に出会うような気がしてしょうがありません。これは多分、君が手紙の中で書いている『一人の人間の一生の中で繰り返してしまい逃れられない行動とか反応のパターン』と同じことのように思われます。」

このなんだかすごくペシミスティックに思える手紙には深く共感できるものがあった。でも、共感できてしまう自分が恐ろしかった。その時以来、今とは違う自分になると言うことが、自分の強迫観念になった。自分の枠組み、反応のパターンを変えるということが興味の中心になった。自分の十年間を振り返ってみると、こんな風に総括できると思う。ただ、この十年の間に、光を目指そうとする意識に抑圧された影の部分が噴出するように、無意識の大きなしっぺ返しを受けたこともある。知らぬ間に、癌が5センチまで肥大していたというのも、抑圧された影のなせる業だったのかもしれない。

スティーヴン・コヴィーも、この影の部分の揺り返しについて、まったく語っていないわけではない。彼はそれを、社会学者のカート・レビンの「場の分析モデル」を引用して、「成長と変化を妨げる抑止力」と呼んでいる。「このモデルによると、現在得られている結果は、上向きの成長を促す駆動力と、それを妨げる下向きの抑止力の均衡であると言う。一般的に言うと、『駆動力』は、正の、合理的、論理的、意識的、経済的なものとされる。それと対照的に、『抑止力』は、負の、感情的、非論理的、無意識的、社会的あるいは心理的なものといえる。(・・・)駆動力を増加させると、短期的には欲しい結果が得られるだろう。しかし、そこに抑止力が残る限りは、改善は徐々に難しくなっていく。それはバネを押しつぶすようなもので、強く押せば押すほど、押すこと自体が難しくなり、やがては、そのバネは跳ね返ってくるからだ。まるでヨーヨーのような浮き沈みを何回も繰り返したあげくに、『人は変わることができない』『そんなものなんだ』『変わるなんて難しすぎる』と感じるようになる。」(「7つの習慣―成功には原則があった! 」p.420)

ただ、この記述はそこで終わっており、具体的にどのようにこの抑止力を氷解させるか、それを駆動力へと変換するかについての具体的な方法が書いていない。スティーヴン・コヴィーが駆動力を高めることに注力しているのに対し、むしろ抑止力の方に注力し、「抑止力の問題さえ解決すれば、物事はほとんど実現したも同じ」だというのが、最近のNLPの考え方だと思う。NLPは、抑止力を、「心のブレーキ」とか「心のウィルス」という言葉で表現し、その分析と解消のさまざまな実用的なテクニックを提唱している。

例えば以前にも書いた、石井裕之の「人生を変える!「心のブレーキ」の外し方」は、変化し成長しようとする意識の力に対し、それを抑止しようとする「潜在意識の現状維持メカニズム」があると言う。石井は、この潜在意識の現状維持メカニズムを解除する方法としては、行為を少しずつ、少しずつ積み重ねることによって、徐々に潜在意識を慣らしていくしかないと言っている。この、ミクロ前進という考え方は、フォトリーディングで有名なポール・シーリィも言っている。

ポール・シーリィは、(スティーヴン・コヴィーの言う「脚本付け」「反応のパターン」と重なる部分があるが)、人には、ストップサインに囲まれた居心地のよいエリア(コンフォート・ゾーン)の中で自分の行動を選択する傾向があると言っている。「一度、安全地帯が確立されると、その境界線を踏み越えることはめったになくなります。(・・・)クリエイティブな自分を含め、ストップサインの外側にあるさまざまな行動形態が、オプションから削除されてしまいます。(・・・)学習を喜びに変える鍵となるのは、感情的にも肉体的にも知的にも、自分が幅広いオプションを持っているのに気づくことです。しかし、それらのオプションについてただ考えるだけでは、神経システムを再訓練するのに十分ではありません。長年にわたって無視してきたオプションを実際に使ってみる必要があります。」(ポール・シーリィ「潜在能力であらゆる問題が解決できる」p.64) シーリィは、自分のコンフォート・ゾーンを抜け出すための具体的な方法と、潜在意識の揺り返しがあっても、「揺れの中で平衡を見つける」ための具体的な方法を解説している。

この中で必要となる集中と自己観察の方法が、ヴィパッサナー瞑想のテクニックに非常に近いのが興味深い。

でも、コンフォート・ゾーンを抜け出ようとするには、エネルギーが必要だ。エネルギーには、プラスのモチベーション(欲望)、マイナスのモチベーション(恐れ)も含まれる。卵が先か鶏が先かの議論になるが、コンフォート・ゾーンを抜け出すためには元気が必要で、元気を全開にするにはコンフォート・ゾーンを抜け出す勇気が必要なのだ。ただひとつ言えることは、ミクロ前進するということ(一度に、大きな前進を目指そうとすると、揺り返しが大きい)、自分は毎日少しずつ良くなることができると言う希望を持ち続けることではないだろうか。

JUGEMテーマ:夢・目標


マーフィーの法則

昨今の自己啓発・能力開発本で、「葵の御紋」のように取り出されるキーワードは潜在意識だ。しかしフロイトが潜在意識のことを言い始めた時、それは「顕在意識をゆがめる悪い奴」という文脈でだった。ところが、その潜在意識が、今では一見不可能な夢を実現させる原動力の代名詞のようになっている。潜在意識のポジティブな効用に最初に着目し、全知全能の救世主として普及させたのはジョセフ・マーフィーではないだろうか。

マーフィーのシリーズは日本語だけでも山のように出版されているが、わたしの友人で、「マーフィーの法則」のシリーズを6冊持っている人間がいた。1冊読めば十分ではないかと思うが、6冊と言うのがすごい。

さて、「マーフィーの法則」にきちんと従えば、なんでも望みがかなうという謳い文句だが、この人は突然リストラを言い渡され、遠い国の関係会社に安月給で使われることとなった。おまけにこの国の法律により受ける権利のある退職金ももらえなかった。貯金も底をつき、アプローチした男にも振られてしまった。このままひとりわびしく年老いていくのかと考えると、うつ病になってしまいそうである。わたし自身も決してこれよりましと言える境遇ではないが、マーフィーの法則を6冊も読んだ彼女と、1冊も読んでいないわたしとが似たような境遇であるのは、何とも不公平な感じがして割り切れない。

彼女は、マーフィーの法則を全部わたしにくれて、この街を去って行った。

こんなわけで、私は6冊のマーフィーシリーズを1冊熟読し、残りは友人たちにあげてしまった。そうして、「マーフィーの法則」が何故このような成功を収め潜在意識の地位を格上げしたのか、そして、マーフィーの法則の一部の読者には、何故マーフィーの法則が全く効かないのかについて考えてみた。

マーフィーの法則がなぜ良く売れるのか。次から次へと出現する二番煎じや亜流、NLPの台頭などによって、今日マーフィーは少々かすんでしまった感もあるが、それでも目次を読むだけで血沸き肉躍ってしまうのは、さすがに元祖マーフィーだけのことはある。例えば「マーフィー 自分に奇跡を起こす心の法則」の目次をざっと見てみる。

 「潜在意識−この『力』であなたはあらゆる富と成功を手にできる!」
 「人生に奇跡を起こすことは決して難しいことではない!」
 「毎晩十五分のイメージングで大金を手に入れた男」
 「今、あなたに必要な富・お金はこうして生まれる!」
 「これが潜在意識の答え−夢で五万ドルのありかをつきとめた女性」

高揚感がある。成功者の話で次々とたたみかける。そして、何よりも、その方法の単純さゆえに実際に自分にもできそうな気がする。

もしマーフィーの言うことがほんとうであれば、この目次を毎日じっと見つめるだけでお金持ちになれそうだ。マーフィーのテクニックは単純だ。絶えず言葉で願望を唱える、または、願望が実現した場面を繰り返しイメージングする。これだけで、全知全能、霊的な超能力すら持つ潜在意識が望みをかなえてくれる。マーフィーが本書の中で挙げる「驚くべき実例」に嘘はないと信じよう。でも、マーフィー・シリーズを6冊も読んで実践しても、幸福になれなかった人がいるのは事実である。

マーフィーの法則がなぜある人々には効いて、別の人々には全く効かないのか。

まず、テクニックのひとつである言葉での暗示の入れ方が中々難しい。言葉が、その「て・に・を・は」の使い方によってすらも、いかに潜在意識に微妙に作用するかは、最近読んだレストン・ヘイヴンズ「心理療法におけることばの使い方―つながりをつくるために 」で身に染みてわかった。だからこの暗示の言葉を練るのに中々のテクニックが必要である。

マーフィーの英語の暗示を、直訳体の日本語に変換した本書の暗示の言葉をそのまま唱えても、日本人の潜在意識に浸透させるのは難しいのではないか。特に、マーフィーの暗示の言葉の中に使われるキリスト教の神は、ピューリタンのアメリカ人の潜在意識に強烈なインパクトを及ぼすものと想像するが、日本人にはぴんと来ない気がする。若い日本人の中にも「宗教はないけど、神的なものとか、神様みたいな存在は信じます」という人が増えてはいるが、一部のアメリカ人の意識に刷り込まれているキリスト教の神様はそんな生易しいものではないはずだ。そんなわけで、日本人には、祈りの言葉ではなく、「富・成功・勝利・歓喜」と言う単語だけを繰り返す方法の方が有効ではないかと思った。祈りの言葉であれば、日本人用のそれを考える必要がありそうだ。

また、マーフィーはまるでそれが実現したかのように願望を具体的にイメージングせよと言っているが、そのようにできるようになるまでは相当の訓練が必要だ。
本書をよく読めば分かるが、「驚くべき成功例」の登場人物たちは、1ヶ月以上の間辛抱強くこれらの暗示とイメージングのテクニックを毎日繰り返しているのである。そんなことができる執念があれば、願望を実現できても当たり前と言う気もする。マーフィーの本を読んだが願望が実現しなかったと言って嘆く人は、はたして1ヶ月以上毎日祈りを唱え、イメージングの訓練を行ったのだろうか?

さて、百歩譲って、1ヶ月以上絶えず祈り続けても願望が実現しない人がいたとする。その場合はマーフィーの法則に語られていない盲点があるに違いない。そう思って本書をよくよく読みなおす。すると、数々のセンセーショナルな成功例の陰に、そこここ「免責条項」みたいに目立たないように、願望が実現しないケースに関する警告が書かれている。要約すると、「真の望み」であれば辛抱強い祈り・イメージングで実現するが、「子供じみた空想」であれば実現しないか、たとえ実現しても悲劇に終わる。真の望みとは、神の義に沿ったものでなければならない。

そのため、マーフィーの暗示の言葉には、願望が「神の義に従って実現される」と言う文言が織り込まれている。これによって、自動的に、神の義に従う願望だけが実現するという保証があるため、人は安心して何かを願うことができるし、願うことの罪悪感から免れることができると言う仕組みである。たとえば、「お金をください」と祈る場合に感ずる「自分は強欲ではないか」と言う罪悪感は、「神の摂理により与えられるべきお金をください」と祈るとき払拭される。物事の実現を妨げる最も大きなマイナスの力は罪悪感である。マーフィーの暗示は、神を登場させることによって、マイナスの力を無化し、願望の力を全開にするのだ。すごく巧妙だ。

「真の望み」と言う考え方や、願望に反作用を及ぼすマイナスの力について早い時期に私に教えてくれたのは、原久子著「呼吸を変えれば人生に奇跡が起こる」だった。原久子は、願望の実現のためのイメージングの大切さについて言及し、ボディービルダー北村克己氏の例を挙げている。

北村克己はボディービルの世界選手権大会で東洋人としては初の入賞を果たした人だが、トップ・クラスのボディービルダーの勝敗を決めるのはイメージ力だと言っている。北村克己は瞑想の中で理想の体型のビジョンをイメージし、食生活やトレーニングスケジュールまで全て潜在意識からのインスピレーションに従う。そして大会の直前に「自分でも怖いくらいに」、細かい部分まで自分の理想とした体型になっていったと言う。

原久子はこのようなイメージ力が一見不可能なことも可能にすると言う一方、イメージ力による願望実現を妨げる様々な要素についても言及している。原久子は、このネガティブな力を取り除く方法について、「心の曇りが晴れる本―心の浄化から真我実現へ 」の中で詳述している。

前述のように、マーフィー書を注意深く読めば一見キリスト教的な祈りの言葉の中に、同じような心の浄化を行うテクニックが盛り込まれている。ただ、日本人には、マーフィーの暗示の言葉をそのまま使って効果を上げるのが難しいだけだ。

こんな風に思っていたとき、林貞年「催眠誘導の極意」の中にそれを一言で言い表す言葉を見つけた。「願望達成のマニュアル本にある自己暗示は確かに分かりにくいと思います。それは、大衆に対するアドバイスしかできないからです。成功するためにしなければいけない自己暗示やイメージは、人それぞれ違うのです。」(p.182) また、自分の「うつわ」に合わない願望は実現しないか、実現してもすぐに終わってしまうので、暗示をかけるときでも自分の「うつわ」を広げることを考えねばならないと言う。マーフィーの本はここまで明確に「うつわ」のメカニズムについて書いてはいないが、様々な実例のなかでそれを暗示しており、抜かりはない。

そうなのだ。マクドナルドのコーヒー・カップに「熱い!危険!」と書かないと裁判で負けて、賠償金を取られる国のことだけはある。マーフィーの本には全てが書いてある。だから、この本を最低10回は読み直し、アドバイスを忠実に守り、自分の心を見つめ、自分自身の祈りの言葉とイメージングを見つけ、1ヵ月半それを続ければ願望はぜったいに実現するのだ。

ジョセフ・マーフィー
マーフィー 自分に奇跡を起こす心の法則―潜在能力は、それを信じる人には無限の富と成功を約束する!
三笠書房 560円(税込)

潜在意識の中のたくさんの「わたし」

石井裕之氏がその著書「人生を変える!『心のブレーキ』の外し方」(フォレスト出版1,300円+税)の中で、潜在意識の性質のひとつとして、「潜在意識の中にはたくさんの『わたし』がいて、その内のひとつが突出しようとすると、他の『わたし』がそれを引きずりおろしてバランスを取ろうとする。だから全体の底上げが必要だ。」という意味のことを言っている。

この言葉が頭で分かりはしたが、いまひとつ腑におちなかった。

数日間この言葉を反芻していた時、ふと、「補償作用」と言うカール・グスタフ・ユングの概念を借りながら、このようにも言い換えられるのではないかと思った。

潜在意識の中にはたくさんの「わたし」がいて、その内のひとつが突出しようとすると、結果としてその他の「わたし」がないがしろにされる場合がある。また、その他の「わたし」が、突出しようとする「わたし」と相容れないものである場合は、その他の「わたし」が犠牲になり、抑圧されることも有りうる。このようなとき、ユングの言葉を借りれば「補償作用」により、抑圧された「わたし」が、突出しようとする「わたし」の足を無意識に引っ張ると言うことが起こるのではないか。

ユングの「補償作用」については、河合隼雄と谷川俊太郎の対談「魂にメスはいらない―ユング心理学講義」(講談社+α文庫 840円)に分かりやすい要約がある。

「ユングが研究を始めた初期の頃は、二重人格の症例がわりとあったんです。二重人格というと、みんな異常性のほうに注目するでしょう。ところがユングの場合は、よく見ていると第二人格というのは第一人格を補償する働きを持っているのだから、異常な形態をとっているけれども、第一と第二が統合されればより豊かな人間になると。」(p.294)

次に石井氏の話は(わたしにとっては)すごく面白い飛躍の仕方をする。
自分と自分を取り巻く人々の関係性の中でもそれとパラレルなことが言える。つまり、他人を犠牲にして自分ひとりが突出しようとすることは難しい。みんなを底上げすると言うことが必要だ。これにはすごくうなずける。

「心のブレーキ」の外し方

「どうしてヤル気は、長続きしないのでしょうか?・・・それは、あなたの心にブレーキが働くからです。この『心のブレーキ』の正体さえ見極めることができれば、逆にそれを利用して、ヤル気や感動を燃やし続けることができ、したがって、スムーズに目標を実現することが可能になるのです。」

著者は、この「心のブレーキ」の秘密が潜在意識にあると言う。

「潜在意識は現状を維持しようとする。それによって、潜在意識はあなたを守ろうとしてくれているのです。」

つまり、顕在意識が今の自分からステップアップしようとするときに、潜在意識がこれを妨げようとするのだと言う。ここまでは、ドナルド・ロフランド「こころのウイルス 」やポール・シーリィ「潜在能力であらゆる問題が解決できる」などで展開されるNLPの理論と似ているかもしれない。

「潜在意識の現状維持メカニズム」については、林貞年「催眠誘導の極意」も似たことを言っている。「潜在意識は常に背中を押していないと後ずさりしてしまうのです。潜在意識にインパクトを与えても、ほとんどの場合、心の回復能力によって、すぐに普段の自分に戻ってしまうのです。」(p.184)

ところが、この潜在意識のブレーキを打開するための策として著者が提案する方法に具体性とオリジナリティがある。書物から得られたのではない、著者がみずから試行錯誤の末編み出した方法であることが伺える。

その方法は、一見すごくシンプルな言葉で表現されている。
1) 潜在意識が新しい自分を嫌うなら、新しい自分に少しずつ少しずつ慣らして行くだけだ。だからスタートにたっぷり時間をかける。
2) 感動やヤル気など感情(受動態)を長続きさせるためには、直ちに行動(能動態)に変換することによって定着させることだ。
3) 潜在意識の中にはたくさんの「わたし」がいて、その内のひとつが突出しようとすると、他の「わたし」がそれを引きずりおろしてバランスを取ろうとする。だから全体の底上げが必要。
4) 答えを出せないような質問を潜在意識にするな。潜在意識は答えが見つかるまで考え続けるので、無駄なエネルギーを永遠に消費する事になる。
5) 潜在意識には、時間の概念も、「〜がない」という概念もない。だから、「今、できること」だけを考え、実行する。そうすれば潜在意識が助けてくれる。
6) 人脈・知識・経験・実績は必要ないし、足かせになることが多い。潜在意識を利用して成長するためには、根拠のない自信があればいい。
7)根拠のない自信をつけるための最大のヒミツ。

これだけ読んでも何のことか分からないでしょう。本を何回も読んで、自分の問題にあてはめて、自分の言葉に置き換えて考えることが必要だ。この本は簡単な道しるべを書いた地図のようなもので、それを持って長い探索に出るのは自分ひとりでやらなければならない。アマゾンの読者評でこの本を「深い」と言った人はそれが分かっている人だろうし、「内容が薄すぎる」と言った人はもっと手取り足取りの指導を求めているのかもしれない。そういう人は、日替わりランチと同じぐらいの価格のこの本にそこまで期待せず、同著者によるCD教材「ダイナマイトモチベーション 6ヶ月プログラム」を63,000円で購入するか、「石井道場」に参加すれば良いのではないだろうか。

私が一番びっくりしたのは、上述1)の「潜在意識が新しい自分を嫌うなら、新しい自分に少しずつ少しずつ慣らして行くだけだ」と言う部分だった。この部分、付録のCDでは、「潜在意識の現状維持機能にもかかわらずステップアップするためには、暗示等で潜在意識をなだめるのではなく、小さな行動を積み重ねることによって少しずつ新しい状況に潜在意識を慣らしていくしかない」と言っている。これは、すごい新鮮だった。

同著者による「一瞬で信じこませる話術 コールドリーディング」(フォレスト出版 1,365円)も読みたくなった。

石井 裕之 著
人生を変える!「心のブレーキ」の外し方
フォレスト出版 ¥1,300円+税

催眠誘導の極意

林貞年による催眠誘導の理論と実際がコンパクトにまとまった内容の濃い良書。ラポール、アンカーなど、NLPの概念と手法がかなり引用されている。

アマゾンの書評ではプロの催眠療法士も素人も、この本に書かれているテクニックやコツを使ったら本当に催眠誘導ができてしまったと言って絶賛している。でも他人に催眠誘導することにあまり興味のないわたしには具体的な技法よりも、催眠術の限界や心の性質を明かす次のような記述に心が惹かれる。

ミルトン・エリクソンのように相手の無意識に浸透する天才で、相手の意識がはっきり気づかない内に催眠をかけることのできる場合がある。しかし、そのためには催眠をかけられる者の無意識が催眠をかけられることを承知していることが前提だと言う。ベース・サジェスチョンがされていると言うこと。だから道でバッタリ会った相手に瞬間催眠術をかけられると言うことはありえない。

催眠術の暗示により無意識が幻覚を起こす場合でも、さらにそれより深い無意識は自分の幻覚について知っている。この深い無意識には催眠術などたちうちできない。だから、「催眠はその人の中にあるものを引き出す技術です。」

最後の章では、NLPではおなじみの意思とそれに反する心のブレーキのメカニズムを「うつわ」という日本的な概念で見事に言い表している。例えば、人間は自分の「うつわ」以上のものを得ることはできない。「うつわ」以上のお金を得ても、すぐ出て行ってしまうし、逆に不幸になってしまうこともある。金持ちには金持ちのうつわ、大スターには大スターのうつわがある。だから、願望をかなえようとすれば、自分の「うつわ」から変えていかねばならない。「マーフィーの法則」はこの部分については詳述していない。そして、マーフィーの法則が単純さを売り物にしているだけに力強いのに対し、林貞年は「うつわ」を広げるのは容易ではないと言っている。

「社長になりたくて催眠のイメージを利用した人がいたとします。
彼は立派な社長室の中で高級なスーツを着て、デスクの上に足を乗せているところを毎日イメージしました。このイメージが彼にとって『うつわ』の拡張につながっていれば、社長としての『うつわ』は広がるでしょう。
でも、そのイメージがどれだけ鮮明だろうと、どれだけ臨場感を伴おうと、それが彼自身の『うつわ』の拡張につながるものでなければ意味がないのです。ようするに、(・・・)彼自身の状況と積み上げられた幼い頃からの心の性質が問題なのです。」(p.184)

著者は、「うつわ」を広げるイメージを自己催眠により無意識にインプットすることにより、「うつわ」は飛躍的に拡げることができるが、日常の心がけによっても拡げることができると言っている。

「人を嫉まず、潜在意識に預けたことは心配せず、小さな幸せを大切に実感し、繰り返しと言う潜在能力を念頭において、否定的な態度や言葉を使わず、肯定的な態度や言葉で日常を過ごす。心の成長を頭中において、視野を大きく持つ。すべてを自分が望む『うつわ』を拡げるための手段として心がけるのです。」(p.206)

林 貞年 著
催眠誘導の極意
現代書林 998円

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